「当時、シリコンバレーではものづくりのスタートアップが増えていました。そしてこれらの多くが同じ壁にぶつかって苦しんでいたんです。それは“量産化の壁”でした。アイデアがあれば試作品まではできるんです。Amazonで部品を買い、筐体を3Dプリンターでつくればいい。しかし量産する場合は、金型を設計し、ユーザーが手荒に扱っても壊れないだけの品質を実現する必要があり、知識や資金が必要になるんです」

 一方、牧野が生まれ育った日本は「ものづくり大国」だった。大企業の下請けとして部品を製造してきた企業が数多く存在し、なかには「京都試作ネット」のように、部品を製造する企業が集まって新商品づくりの支援を行う団体もあった。牧野は考えた。

「ならば、こういった方たちと連携し、ベンチャーが“量産化の壁”をクリアするためのコンサルを行えば、世界中のものづくりベンチャーと付き合えると思ったんです。これがMBC設立のきっかけになりました」

 その後、牧野はこの時に描いた構想を実現していく。「スマートマット」であれば、MBCが工場を斡旋して量産、その後、アスクルと連携して数千台販売、といった流れが作られていったのだ。これまでMBCは日本国内で約35社、米国で約15社のベンチャーを支援、様々な商品を世に出している。

 そして牧野は未来をこう予想する。

「日本はやはり“ものづくりの国”。今後は日本のものづくりと世界のアイデアが融合していく時代がくるはずです」

グローバル時代だからこそ自国の強みを活かせ

 スイスに時計メーカーが多いのは「国土が山に囲まれているから」だという。大きな機械をつくっても山に囲まれ出荷しにくいのだ。牧野が話す。

「米国でeBayやAmazonのような巨大ECが誕生したことにも理由があります。国土が広く、近くにお店がないからネットでモノを買う文化が早めに誕生したんです。そして日本にもものづくり大国になる理由がありました」

 日本は国土が狭いから各家庭も小さく、モノは小型であることが求められた。「つまらない」という言葉の語源を知れば理解できる。日本人は、寝ていない時も場所をとるベッドでなく布団を愛用し、周囲にモノを置いたら開かなくなるドアでなく、場所をとらない引き戸を使う。日本人にとって「きっちり詰められない」ことは、決して喜ばしくない「つまらない」ことなのだ。だから日本人は、小型化の時代をリードした。