(大西 康之:ジャーナリスト)
楽天は7月1日、都内のホテルで関連会社化した医療ベンチャー「楽天メディカル」の事業戦略説明会を開いた。挑むのは、楽天の三木谷浩史会長兼社長が「第五のがん治療法」と呼ぶ光免疫療法の商用化。楽天メディカルの前身は米医療ベンチャーのアスピリアン・セラピューティクス。三木谷氏は7年前、父親が患ったすい臓がんの治療法を探す過程で、この会社に出会った。父親には間に合わなかったが、三木谷氏は「楽天メディカルで、がんに克つ」と執念を燃やしている。
医師が匙を投げた父・良一氏のがん
三木谷氏の父親、経済学者の三木谷良一氏にがんが見つかったのは2012年。検査で見つかりにくく、治療も難しいすい臓がんで、医者は「手の施しようがない」と匙を投げたが、三木谷氏は父親を救いたい一心でがん治療の最先端に関する論文を読み漁り、内外の「名医」の話を聞いた。三木谷氏の必死さを示すこんなエピソードがある。
2013年9月26日、エース田中将大を擁する東北楽天ゴールデンイーグルスは西武ライオンズに逆転勝ちを納め、球団創設から9年目で初のリーグ優勝を成し遂げた。オーナーの三木谷氏は西武ドームでイーグルスの選手たちに胴上げされ、立川パレスホテルで記者会見を開いた。その後、ホテルでは恒例のビールかけが始まったが、そこに三木谷氏の姿はなかった。
祝賀ムードに水を差さぬよう、こっそりホテルを抜け出した三木谷氏が向かった先は羽田空港。最新の治療を受けるため父・良一に寄り添って渡米した。「親父を救うためにできることは全部やる」という、凄まじい執念だった。
三木谷氏がなんとか父親を救おうと必死になっていることは、多くの楽天関係者が知っていた。その中の一人、インターネット・ショッピング、楽天市場に創業の頃から出店していたワッフル・ケーキ店「R.L(エール・エル)」を経営する新保哲也氏が三木谷氏に連絡を寄こした。
「自分のいとこが、米国で最先端のがん治療法を研究している。一度、会ってみないか」
インターネット・ショッピングが海のものとも山のものともつかない頃から苦楽を共にした初期の出店者は三木谷氏にとって「同志」に近い。「新保さんが言うのなら」と、三木谷氏はオテルオークラで新保氏のいとこに会った。そのいとこというのが、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の主任研究員、小林久隆氏だった。小林氏は「光免疫療法」という、全く新しいがん治療法の開発に取り組んでいた。
光免疫療法とは、がん細胞だけにくっつく抗体を作り、その抗体にレーザー光をあてることでがん細胞を壊死させる治療法である。周りの正常な細胞まで壊してしまう抗がん剤は患者の体への負担が大きいが、光免疫療法は主にがん細胞を狙い撃ちにするので体に優しい。
免疫治療法では、もともと人間の体に備わった免疫システムを活性化して、がん細胞を攻撃させる免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」などが有名だが、これらの薬はがん細胞を直接破壊するわけではない。「体に負担をかけず、がん細胞を直接叩く」という意味において、光免疫療法は画期的とされる。
小林氏はこの治療法のライセンスを米医療ベンチャーのアスピリアンに供与し、三木谷氏は個人でアスピリアンに出資した。今回は楽天がアスピリアンに出資して大株主になり社名も「楽天メディカル」に改めた。今後は楽天グループの一員として、画期的ながん治療法の開発に取り組むことになる。