米が「神聖な食べ物」とされてきたのはなぜか

令和改元を機に考える「儀式と米」の深い関係

2019.05.10(Fri)佐藤 成美

 こうした皇室で行われている祭祀ばかりでなく、祭りや伝統行事、神話や言葉や習慣などあらゆるものが稲作と関わり、米は日本の文化に溶け込んでいる。かつて、米は租税の対象であり、経済の基準となるなど社会生活の基盤でもあった。また、日本人は協調を大切にする民族だとよくいわれるが、その概念は稲作から生じたものと考えられている。稲作には多くの家が作業を分担し、力を出し合ってきた経緯からである。

豊作を願って、米の神様に祈り続ける

 5月は田植えが本格的に始まり、多くの農家が作業に追われている時季だ。稲作は種まき、苗代づくり、田植え、草取り、収穫など一連の作業から成り立っており、作業過程ごとに応じた儀礼や祭りも行われる。

 古代から、春になると山から「稲魂(うかのみたま)」という神様が田んぼにやってきて、農作の吉凶を見守り、冬になると山に帰ると信じられている。人々は田植えの前に、その神様に儀式や踊りを捧げた。田植えの際のおはやしや歌が芸になったのが「田楽(でんがく)」である。

 宮中では豊作を祈願するために相撲が奉納された。「四股(しこ)を踏む」のは、大地を踏む動作によって災いを追い払い、豊作の神を田んぼにとどめる意味があるという。

農耕行事を起源とする「田楽」の舞。

 地域によっては、豊作の神様として、大黒天などを祀る。

 やがて大黒天は豊かさの象徴として信仰を集めた。また、神社や寺、家の庭などさまざまなところに祀られている稲荷神(いなりのかみ)は、穀物の神様だ。「稲荷」とは「稲がなる」の意味。稲荷神は初めて稲を栽培したといわれ、キツネはその使いである。ただし、稲荷神は神話には登場せず、民間信仰の中で出てきた神様のようである。江戸時代には、豊作とともに商売繁盛の神としてたくさん祀られた。また、キツネの好物という言い伝えから、油揚げが供えられた。

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