組織の中での信頼関係も、「ローカルな信頼」から「制度への信頼」を経て、「分散された信頼」へと移行していくはずです。

 上司に手柄を横取りされた等の過去があれば、人事異動で上司が変わっても、「今度ももしかして・・・」という心理は働くのが人間です。職場というローカルの信頼は一度落ちると完全に修復するのは、なかなか難しいものなのです。

「仕事で貢献したのに評価されない」等、人事制度面への不平不満は多くの人が持っています。人事考課の世界で一番重視されてきたのが年次評価です。実はこれ、部門や人事が全体のバランスをみて評価を調整しています。直属の上司が「S」の評価をつけてくれたので「これで昇進やボーナスアップは間違いないぞ」と期待していたら、人事の年次評価で調整されて「A」となり、昇進は見送りなんていうことも珍しくありません。「どうすればS評価になりますか?」と尋ねても、社内政治も影響する序列調整に明確なロジックはありません。上司のとりつくろった説明に、部下の心は冷めていくものです。

 このような「ローカルな信頼」「制度への信頼」は、現代の職場では効果を発揮しません。期待し、模索すべきは、「分散された信頼」(テクノロジーを通した信頼)です。

人の進化を待つより、テクノロジーの活用を模索する

 そもそも、人が人をマネジメントすることに限界があるという見方もできます。マネジメントが得意だったり、その資質を持っていたりする人もいれば、持っていない人もいます。産業・組織心理学分野の研究者でありコンサルタントのブラッド・フォードの調査結果によると「個人の資質」のうち「変わりにくいもの」として、知能、創造性、情熱、野心などと並んで、「部下の鼓舞」が挙げられているくらいですから、マネジメント能力は少しばかりの研修を積んだくらいでは引き上げられないのかもしれません。ましてや現在は、「ローカルな信頼」「制度への信頼」揺らいでいるのが時代ですので、「部下を信頼する」「上司を信頼する」というのはますます難しくなっていると言えそうです。

 となれば、テクノロジーをしようした「分散された信頼」へと軸が移っていくのかもしれません。石山さんの『シェアライフ』でも紹介されていますが、インドネシアではライドシェアサービスが急成長しているそうです。それは、通常のタクシーが、料金をぼったくったり、わざと遠回りしたりするなどして信用できないのに対し、ライドシェアアプリを使えばスマートフォン上の地図に沿って正しく移動し、料金も自動で計算してくれるし、過去に乗った人のドライバーの評価が分かるので、ライドシェアの方がはるかに信頼が置けるからなのだそうです。

 いずれは社内の信頼関係も、テクノロジーが介在する形で、あちらこちらからの無数の評価によって構築される時代が来るのかもしれませんが、今はまだ過渡期です。個々のサービスではその手法で信頼が生まれているかもしれませんが、まだ会社組織はそこまで進んでいるとは言えません。

美意識や価値観で信頼を担保する

 今すぐ取り入れられる、社内の信頼関係を構築する方法が一つあります。それは、共通の美意識なり、価値観を持っている人が集まるようにすることです。

 ここ数年のうちに起業され、急速に業績を伸ばしている会社の多くに共通するのは、採用時に「共通の価値観」を持っている人を採用しているということです。違う言い方をすれば、その企業が掲げる価値感に共感する人材だけを選んで採用し、そこにそぐわない人が入社することを避けているのです。

 そうすることにより、ルールで社員の行動を規定することなく、共通の価値観に従って社員が自由に仕事をすることを促しています。

 もちろん、共通の価値観を持っている社員同士ですから、互いに信頼も置けるので、ノウハウや知識のシェアも、伝統的な企業に比べて圧倒的に進み、効率的な経営も可能になっています。

 こうした仕組みがない従来型の企業の場合は、様々な価値観、方向性を持った人が混在しています。もちろん多様性は否定すべきことではありませんが、組織の中にあまりにも正反対の考えを持った人がいると、信頼を醸成するのは容易ではありません。

 こういう会社、組織の場合には、改めて会社のミッション、理念、価値観などを全員で確認してみるとよいでしょう。もちろんそれで全員が全く同じ方向を見るようになることはありませんが、根底の部分の共通認識は一致させられるはずです。

 会社の価値観に共感する人が集まっている組織では、「評価」や「報酬」以外にも「やりがい」や「同僚の存在」が組織への信頼性を高める大きな要素になってきます。しかし多様な価値観の人が混在する会社においては、個々の社員が感じるKPIはやはり「評価」と「報酬」です。そうした中でも、ミッション、価値観の再共有などを通じて、互いの信頼関係を構築する道を模索することが現実的で効果的な組織の強化法ではないでしょうか。