(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)
テレビの旅番組や食べ歩き番組などを見ていると、タレントが見ず知らずの人に対して「お父さん」とか「お母さん」、時には「おじいちゃん」「おばあちゃん」などと声をかけるシーンがしょっちゅう出てくる。
何というデリカシーのない言葉遣いなのだ、と呆れてしまう。いきなり知らない人から「お父さん」「お母さん」などと声をかけられて愉快な気分になる人などいないだろう。以前、私の知り合いが見ず知らずの老婦人に「おばあちゃん」と声をかけた際、「私はあんたのおばあちゃんじゃないよ」と怒られた話を聞いたことがある。その通りである。
私も先日、実に不愉快な思いをした。それはS新聞の販売店の店長が、購読延長の依頼に訪れた際、私のことを「お父さん」と呼んだからだ。こんな呼ばれ方をしたのは初めてだった。購読延長の依頼を断ろうかと思ったほどだ。
テレビに出るタレントの意図は分かっている。親しみを込めているつもりなのだ。だがそれは大きな錯覚であり、思い上がりである。「私はタレントで有名人だから、『お父さん、お母さん』と呼ばれれば、みんな喜ぶはずだ」とでも思っているのだろう。上から目線なのである。
見ず知らずの大会社の社長や大学教授に、いきなり「お父さん」と呼ぶ人間はいないだろう。この呼び方がいかに非常識なものか、分かるだろう。こんなことも分からないとすれば、テレビというのは、実にデリカシーのない媒体だということになる。
私は兵庫県生まれだが、関西の方では、あまりこういう呼び方はしなかったように思う。最近のことは知らないが。「こんにちは」とか、「すみません」とか、普通に声をかければ良いだけのことだ。新聞販売店の店長であれば、「筆坂さん」と呼べば良いのだ。そうすれば、私の背中に虫唾(むしず)が走ることはない。