1 はじめに

 米中間には、核と通常兵器、あるいは宇宙の軍事利用についての抑止協定がない。

 冷戦時代の米ソの軍事関係は、不透明性と核戦争波及への恐怖によって抑止を強く意識せざるを得ない緊張感がある一方で、抑制の効いた関係であった。

 これに対し、米中関係は、強い経済的相互依存を背景に、軍事力で米国が20~30年先行していることもあって、中国が一定の範囲内であたかもやんちゃ坊主のごとき振る舞いをする関係になる。

 積極的ながら米国を激怒させない気遣いの下に軍事格差を埋めることで戦略態勢を改善し、一方の米国が長期優位を持続させるためヘッジ&インテグレート(Hedge & Integrate)に配意し、攻めすぎもせず勝手気ままにはさせない姿勢の下に新たな軍事投資を続ける構図である。

 背景には、抑止協定の締結が不利な現状固定になるとの中国側の計算および経済的相互依存がもたらす利益への両国の期待感が存在する。

 しかし、中国にとって、本格的な軍事対決は悪夢である。このため、格差を熟知し米国の意図を推し量るため、しばしば高官が観測気球を揚げる。

 「台湾問題に介入すれば、対米核攻撃の用意がある」と発言した朱成虎陸軍少将や「西太平洋を米中で二分しよう」と発言した楊毅海軍少将はそのオピニオンリーダーである。

 責任ある立場とは言えない理論家に非公式で乱暴な論理展開に基づく強気の主張をさせるパターンである。

 そして、能力拡大の焦点は、現実に抑止されている核よりも、通常戦力、なかんずく海軍戦略やミサイルの分野であり、宇宙やサイバーの世界になる。