法のない現状では、末期がんなどの回復の見込みのない患者やその家族の間には、本人が望まない延命治療を差し控えることを強く望む声がある。しかし、だからといって医師が延命措置を中止してしまうと、その医師が「殺人罪」に問われる可能性が出てくる。

 だから尊厳死法は、「医師は延命治療を望まない患者の意思を尊重しなければならず、その意思に従って医師が延命措置を差し控えたり中止したりしても殺人罪に問わない」という規定が中心になる。

 こうした尊厳死法を定めている国としては、イギリス、オーストリア、クロアチア、スペイン、ハンガリー、フィンランド、ポルトガル、ドイツ、フランスなど。今年(2018年)1月にはイタリアで、2月には韓国でも施行がはじまった(韓国では施行後4ヶ月で8500人から取り外しが行われたと報道されている)。

 さらに、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク,カナダでは、患者の要請に従って、医師が自殺を介助したりすることができる安楽死を認めている。

ガイドラインに沿った延命措置中止なら刑事責任は不問に

 もちろん日本には、尊厳死法も安楽死法もない。ただし実際には、回復する可能性のない患者本人が明確に「延命治療中止」の意思表示をしたとき、あるいは本人の意思表示が難しいけれど家族が延命中止を望んだ場合に、医師が延命措置を中止することはある。例えばLW(リビングウィル)を所持している患者から人工呼吸器や栄養補給のチューブを外す、DNR(蘇生措置拒否)の意思表示を示している患者に対して心停止時に心肺蘇生を行わない、などだ。これらは厚労省や医師会などが示したガイドラインに則って実施されており、これらに則ってなされた延命措置中止で、医師が刑事責任を追及されたケースはないのが実態だ。

【写真】ガイドラインに沿った延命措置中止なら医師の刑事責任は問われない

 そうした中、自民党が、“尊厳死”を含む終末期医療のあり方を規定する法律作りに動き出した。尊厳死については、2012年にも、超党派議連が法案をまとめたが、反対も根強く、国会提出には至らなかった。今回、自民党は、自分たちの手で新たに尊厳死法案を作り、与野党の賛成が得られれば、早ければ2019年の通常国会にも提出する方針という。

 ガイドラインに沿った実質的な「尊厳死」を実現してくれる医療機関もあるが、そこからもう一歩踏み込んで、法的な根拠を与えようというのがこの尊厳死法制定の動きだ。法制化することで、尊厳死をより一般的なものにしようという意図が自民党政府にはあるのだろう。

 問題は、自民党案で本当に終末期の患者の権利や尊厳は守れるのか、もっと踏み込んで言えば、患者本人が望むような「安らかな死」を迎えることができのか、だ。私は、その努力の跡は認めるが、十分だとは思えない。

 尊厳死の“現場”で何より大切なのは、患者本人、あるいはその意思を代弁する親族が、その意思をどれだけはっきりと表明するかだ。実は日本人には、その準備がまだできていない。私がそう思う理由は3つある。

①「患者の権利法」が策定されていないこと

②「脳死=人の死」と認めない国民性

③ 医療に対する信頼性

 それぞれについて説明しよう。

①「患者の権利法」が策定されていないこと

 自民党で検討している尊厳死法では、意思の確認を透明化するために、「ACP(アドヴァンスケアプランニング)」を取り入れるのだという。これは、患者が寝たきりになる前、意思を伝えられる段階から終末期のケアについて医療従事者側と患者との間で「共同の意思決定」を図ろうということで、そのこと自体は評価できる。厚生労働省も、この3月に、従来のガイドラインを改定し、ACPの概念を盛り込み、医療介護の現場における普及を図るとした(『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』平成30年3月改定)。