労働は単なる「モノ」ではなく、「ヒト」としての側面が内包されている(写真はイメージ)

 2018年6月末、安倍政権が今国会の最重要法案として位置付けてきた働き方改革関連法案(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」)が参院本会議で可決され、成立した。残業時間の上限規制、雇用形態による不合理な待遇差を解消する「同一労働同一賃金」原則、高収入の一部専門職を労働時間の規制対象から外す「高度プロフェッショナル制度」導入などを主軸とする内容だ。

 一部マスコミや野党が「丸ごと反対」的な意見表明をしているが、国民の多くは、今回の働き方改革の一丁目一番地は「過労死・過労自殺防止」であると信じていたし、信じたい気持ちを有している。私も同法は国民が幸福になる方向で機能するものと期待している。実際に、法案の主旨でもある、長時間労働の是正、働き方の多様化、不合理な待遇格差の是正等のお題目自体は全て重要かつ正当であることは間違いない。

 しかし、法案成立後に、霞が関の住人やその周辺の経済学者と議論する機会があり、私も目を覚まさせられた。彼らは、「今回の法案はあくまでも安倍政権の目指す成長戦略の一環であり、企業経営の効率化を目指しただけのものである」「過労死・過労自殺防止のようなものが一丁目一番地であるはずがない」「そもそもそんなことは法文のどこにも触れてはいない」と平然と述べるのである。

 これには私もいささか面食らった。法文に具体的には明記されずとも、議論過程から魂は込められていると信じているからだ。

 今回の法案の成立により、一歩間違うと、日本の労働環境は再び大きな転機を迎える可能性がある。ここで「再び」と書いたのは、結果として社会格差の拡大を招いてしまった「労働者派遣法」のほろ苦い経験があるからである。

「労働者派遣法」が目指したもの

 労働者派遣法は、昭和60年(1985年)9月、中曽根内閣の下、成立した。1978年の行政管理庁勧告を受けて労働力需給システム研究会が設置されて以来、7年越しの法案成立であった。