水増しされた「戦後最大規模」の寄贈冊数
古典は数千〜数百年前に書かれた文章なので、成立した当時のままの書物(紙に書かれていない場合だってある)が現存するケースはそう多くない。後世に筆写されたり、版木に彫って刊行されたりした書物が現在に伝わっているわけだ。ある書物の過去複数のヴァージョンを比べて、より原典に近く価値が高いヴァージョン(刊行物の場合は版本という)を確定する学問は目録学と呼ばれ、東洋の伝統的学問となっている。
一般的に言って、書物の成立年代と少しでも時代が近いヴァージョンのほうが、研究の上でより重視されやすい。そもそも、古い時代のヴァージョンのほうが現代に残りづらいため、古ければ古いほど、それだけで貴重なものになりがちだ。逆に言えば、より近い時代に印刷された版本は現存数も多く、希少性が低いものとみなされやすい。
上記のリストを見ればわかるように、今回寄贈された漢籍は、なんと中国で刊行された版本についてはほぼすべて19世紀以降のものである。日本で刊行された版本(和刻本)も江戸時代中期以降のものだ。日本国内の複数の大学図書館に同じ本が保存されているような、相対的に見て希少性が低いものが多くを占めている。
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さらに面白いのは、中華民国8年(1919年)に中国国内で刊行された『四部叢刊』が入っていることだ。これは主要な古典について、編集当時の時点で信頼が置けるとみなされた刊本を写真印刷(「影印」という)した書物である。絵画で例えるなら、よくできた名画のコピーのようなものなのである。
『共同通信』ほか日中の各メディアは、今回、寄贈された漢籍が4175冊にのぼると、やたらに冊数をアピールしている。中国国内の『澎湃新聞』は戦後最大規模の寄贈だったと述べている。
だが、この冊数のうちで『四部叢刊』は2040冊を占める。ほか、上海涵芬楼の『二十四史』などの影印本を合わせると、寄贈冊数の過半数をゆうに超える。寄贈された漢籍の過半数は、その気になれば神保町の古本屋で入手できてしまうような本なのだ。