古代ギリシアの時代、アテネとスパルタを戦争に立ち向かわせた「トゥキュディデスの罠」は今日の国際社会で再現されるのか──? ハーバード大学歴史学部のアンドルー・ゴードン教授は、かつてのアテネとスパルタの対立構図は「新興の中国と迎え撃つアメリカ」という今日の情勢に似通っているが、絶望する必要はないと指摘する。
今日、全世界のGDPに占める国際貿易の比率は約6割に達する。また、核兵器も存在する。相互依存と互いを牽制する「恐怖心」が戦争の抑止力として機能しているのだ。さらに中国の軍事費は米国の3分の1ほどに過ぎない(2015年時点)。
国際社会の差し迫った脅威は、むしろ核兵器が小規模な国家や組織によって保有されてしまうリスクだ。その点、金正恩とドナルド・トランプという、言動が予測しがたいリーダーに国際社会が翻弄されていることは懸念すべき事実だという。ゴードン教授の論考をお届けする。
導入(歴史と類推)
今日の問題を語るにあたって、過去の歴史に似たような事例を求めることが一般的によく行われる。私自身もよくそうしているし、歴史の知識がある多くの人々がそうやっている。しかし私自身の見解では、繰り返される出来事を予見する際、そのような類推はあまり助けにならない。似通った状況における重要な違いを指摘し、現在や近い将来に何か結論を導き出そうとする際にもそれほど役立たない。この壁を突破しようとする時にひとつヒントを与えてくれる言葉が、マーク・トウェインのものとされる次の言葉だ。「歴史は繰り返すのではない。韻を踏んでいるのだ」
トゥキュディデスの罠
中国の経済的・軍事的な勃興を考える際、ある古代ギリシアからの例示が最近大きな注目を集めている。偉大な歴史学者であるトゥキュディデスは、新興のアテネに対するスパルタ側からの脅威が両都市国家を戦争に導いたと記している。
アテネは民主制を敷いていたが、覇権を脅かされた側のスパルタはそうでなかった。それゆえ、今日(の米中関係)への適用としては逆さまになるわけだが、新興の中国と迎え撃つアメリカの類似例と見ることができる。核心となる部分は一考に値するだろう。
かつての状況は今日「トゥキュディデスの罠」と呼ばれている。この言葉は、国際政治におけるアメリカの役割を論じた、ハーバード大学の著名な学者、グレアム・アリソン教授によって考案された。
彼の新たな著書『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』は大きな反響を呼んでいる。その中でアリソン教授は、過去500年間で16個の「新興勢力が既存の政治権力を脅かした事例」を取り上げている。うち12例では実際の戦争に発展した。アリソン教授は米中関係についても悲観的な見方を示している。これら12例の中で、20世紀最初の四半世紀における2つの例は強い類似性を持っている。新興のドイツがイギリスの覇権に挑んだ第1次世界大戦と、新興国・日本がアメリカの覇権に挑んだ太平洋戦争である。