第1楽章では無から生命が生まれ出てきたような情景を描き、いつしか賛歌へと変わる。さまざまな人間のドラマを経た後に演奏される第4楽章は、マーラーの表現の極みといえる内容になっている。全バイオリン奏者が熱く弾く「ラ」から1オクターブ上の「ラ」への跳躍が、聴く者をすぐに天の高みに連れていく。そして、あまりにも美しい和音の変化が幸福な感情を呼び起こす。トランペットなどが加わって最高の盛り上がりを見せる部分は喜びの絶頂だ。その後、曲はだんだん静かさを増し、最後は無意識の底に戻ったかのような落ち着きを見せるのである。人生をリセットするときに聴くのに極めてふさわしいと思うのだが、いかがだろうか。

ブルックナー 交響曲第9番第3楽章

ブルックナー 交響曲第9番
カール・シューリヒト指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 マーラーよりも少しだけ早く交響曲第9番を書いたのがブルックナーだ。第3楽章は、この曲の最後の楽章なのだが、実は第4楽章も作曲するつもりだったようだ。しかし、肝心の「結末」を欠いているにもかかわらず曲の完成度は高く、演奏会で取り上げられることも多い。

 ブルックナーは、アダージョすなわちゆっくりした楽章の美しさに特に定評がある。実は世にも美しいアダージョとして存在しているこの曲の第3楽章もマーラーの例と近く、バイオリンの1オクターブを少し超えた跳躍で始まる。やはり神の世界に飛ぼうとしたのだ。

 教会のオルガニストを務めていた彼には、神の世界に近づく必然性があった。ブルックナーは曲想が壮大だがオーケストレーションは薄く、透明な響きを奏でる場面が多い。そこにこそ、清らかな天の響きを人は聴くのである。スペインのプラド美術館が所蔵するエル・グレコの《受胎告知》という高さ3メートルほどの縦長の絵には、マリアにキリストを身ごもったことを伝える天使が描かれた上空で、さまざまな楽器を持って合奏する天使たちが描かれている。天はやはり音楽で満たされていた・・・宗教家たちはそう考えていたのではないか。そしてブルックナーも天上の音楽を夢想して、この曲を作曲したのではないだろうか。

ベートーヴェン 交響曲第9番第3楽章

 上記2曲を取り上げたからには、ベートーヴェンの「第九」についても言及するべきだろう。ただし、ここで挙げたいのは「歓喜の歌」で有名な第4楽章ではなく、ゆっくりとしたテンポで始まる第3楽章である。