あったかもしれない人生――。これまで続いてきた人生を見つめ直し、いったんリセットしたくなるときがある。新しい人生を始めるのは勇気がいるし、不安もある。でも、せっかくなら違った人生を経験するのもいいんじゃないか。

 新たな人生を始めるためには、一度天国に昇り、神に近づかなくてはならない。クラシックには、精神が高揚する瞬間を捉え、天に昇る感覚を生み、神の世界を表現した曲がたくさんある。

 「このまま一本道の人生でいいだろうか」と迷う人、いままさに新しい人生の扉を開こうとしている人。天国に昇る感覚を体験させてくれるお薦めのクラシック音楽を前回に続いて名盤とともに紹介しよう。

前回の記事はこちら
天国に昇る感覚を体験できるクラシック音楽9選 上
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52499

 残りの5曲は、神々の世界を重厚長大なオペラで描いたワーグナーの楽曲の紹介から始めたい。

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死
ジュゼッペ・シノーポリ指揮
ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、シェリル・スチューダー(ソプラノ独唱)

 前回取り上げたショスタコーヴィチ交響曲第15番の引用元の一つであるワーグナーはどうだろう。十数時間もかかる壮大なオペラを残したことで知られる作曲家だが、ここでは入門編として「トリスタンとイゾルデ」の中でもしばしばオーケストラコンサートで組み合わせて取り上げられる「前奏曲と愛の死」をお薦めしたい。両曲を合わせても十数分。「愛の死」はオペラの終曲でもあり、この2曲には壮大な内容が凝縮されている。

 この曲は、20世紀に始まった無調音楽の走りと言われることがある。厳密にいえば同じ旋律が目まぐるしく展開し、たとえばハ長調などと調を特定できない。このため、それまでのクラシック音楽の根本にあった調性の概念を激しく揺さぶり、新しい世界を提示したのである。調はどんどん展開し、上に昇り続ける。行く先にあるのは愛の極みなのか人生の極みなのか。最後に演奏される「愛の死」はソプラノ独唱が極めて美しい。言葉から想像される死の悲哀はそこにはなく、むしろ幸福感に身を包まれて終わる。