これまで仕事というのは、食べるために仕方なしにすること、仕方ないから働くけれど本当やイヤイヤやっていること、というイメージが強かった。それは、「人から言われてする仕事」だからだ。

 しかし、自分から選び取り、自ら工夫を重ね、「自分の力で発見した」喜びを重ね、楽しくなり、自然と心をこめるようになった仕事は、ちっとも苦にならない。やればやるほど楽しくなるものだ。

 もしあなたが、今の仕事をつまらないと感じているのなら、心の中にトムを登場させてみよう。そしてつまらないと感じていたはずの仕事を、トムが熱心に取り組みだす。ああでもない、こうでもないと工夫を重ね、思わぬ発見をして「おお! こんな方法があったか! これに気づいたのは俺だけかな? やったね!」とほくそ笑む。そしてますます熱心に取り組む。するとあなたは、自然に仕事にのめり込むようになっていくだろう。

 仕事というのは、「どうせ」やるなら、「どうせなら」の発想で楽しんでしまうとよい。すると、ナイチンゲールが看護士の仕事に革命を起こしたように、『納棺夫日記』の筆者が納棺士の仕事のイメージを劇的に変えたように、「エンゼルメイク」を始めた看護士が死に化粧を尊敬される業務に変えたように、トイレを卒論に取り上げた女性がトイレメーカーに就職し、トイレを快適で清潔、居心地のよい空間に劇的に変えたように、革命的な変化をもたらすことができる(本コラム「えっ軽トラが!『どうせなら』の発想で世界は変わる」を参照していただきたい)。皆があまり目を向けていなかった職業も、あなたが「心をこめる」ことで生まれ変わるだろう。

「職業に貴賎なし」という言葉は、現実を示した言葉というより、「その状態を作れたらさぞかし楽しいぞ」という能動的な目標、楽しい夢として捉えるべきなのかもしれない。あえてみんながやろうとしない仕事に飛び込み、あなたが「心をこめる」ことでキラキラした職業に変えたとしたら、そんな痛快なことはない。

 さまざまな職業がキラキラ輝き出すのを期待したい。