東京からも名古屋からもそれなりに遠い長野県伊那市にある伊那食品工業には全国から大学生が押し寄せている。
日銀が実施した企業への調査では人手不足が企業を直撃しており、バブル経済が崩壊した後、25年ぶりの深刻さだという。そんな時代に入っても同社が採用するのは応募者60人に1人という狭き門。
そして同社の門を叩くのは大学生ばかりではない。
世界のトヨタ自動車も豊田章男社長以下、主だった役員が次々と塚越寛会長を訪ねてくる。さらにデンソーやアイシン、トヨタ車体、ダイハツ工業といった関連会社のトップも続く(前回参照)。
トヨタに関わった人が「良い人生」と思える会社に
社員数449人、売上高191億800万円の「寒天」を主製品とする食品メーカーに世界のトヨタが何を求めて足繁く通うのか。
豊田章男社長が惚れ込んだ伊那食品工業の「年輪経営」*1の考え方をトヨタの中に根づかせるためとしか言いようがない。それだけトヨタは本気なのだ。豊田章男社長は塚越寛会長との会談の中で次のように述べている。
「トヨタに関わった人が『いい人生だった』と思えるような会社にしたい。例えば自分が成長できたとか、生涯変わらぬ友を得られたとか、そういうものを社員に与えられる会社にしたいのです」(PHP松下幸之助塾2015年1-2)
世界企業として世界標準の経営を追求しつつ、必要とあらば非上場を貫いている一地方企業の経営手法も徹底的に吸収する。これが世界のトヨタの知られざる一面、強さなのかもしれない。豊田章男社長は年輪経営を引き合いに出して次のように言う。
「どういう木が折れやすいかというと、ある時期に急激に年輪の輪が広がることで幹全体の力が弱まったような木です。未来永劫生き続けるには折れてはいけませんから、地味かもしれませんが、着実に成長していかないと・・・」
*7=年輪経営とは若い頃は年輪の間隔が広く成長が速いが、歳を重ねるにつれて年輪の間隔が小さくなる。同じように急成長を求めず、少しずつ着実に成長していくことを言う。