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重粒子線治療に取り組む放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区)。(写真:あばさー

(文:上 昌広)

 粒子線治療という言葉をお聞きになったことがおありだろうか。がんの放射線治療の一種だ。

 水素原子核である陽子を用いた陽子線治療と、炭素以上の重たいイオンの原子を用いる重粒子線治療がある。粒子線治療は、陽子や重粒子を加速させ、がん組織を攻撃する。

 従来のX線を用いた放射線治療は体表で効果が最大となり、体内では効果が減弱する。つまり、体内のがん病巣を狙いうちしようとすれば、どうしても皮膚など周辺組織を傷めてしまう。一方、粒子線治療はがん病巣で放射線量をピークできる特性(ブラッグ・ピーク)がある。がん組織にピンポイントに狙いを絞れば、正常組織への副作用を抑えながら、効果を最大限にすることができる。

 両者の差は散乱の程度だ。陽子線はがん組織に当たると、周囲に散乱する。照射線量を増やすと、周囲の組織への影響が避けられないが、重粒子線には、このような問題点はない。スキャニング法など照射方法も開発が進んでおり、上手く調整すれば、周囲の組織を傷つけず、照射線量を増やすことができる。極論すれば、1回の照射で治療を終えることも可能だ。がん患者にとって「夢の治療」と言っていい。ところが、この治療はなかなか普及しない。

 第1の問題は費用だ。重粒子線治療施設は初期投資が高い。内訳は建物に約70億円、照射装置に約70億円を要する。これに年間約6億円の維持費と、約5億円の人件費がかかる。この経費を賄うため、治療費も高額になる。1人当たり約300万円程度だ。

 ただ、生命保険やがん保険の多くが先進医療特約を備えている。「先進医療」とは、厚生労働省が特例として混合診療を認める医療行為のことだ。重粒子線治療は2003年から認定されており、このような保険に契約していれば、患者の自己負担はない。

 余談だが、我が国の重粒子線治療は世界をリードしている。治療施設は世界中で11あるが、このうち5つは日本だ。ただ、日本がリードしているのは偶然の産物に過ぎない。

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