彼女は、日本語を勉強しており、将来は日本に留学したいと思っていることなどを僕に説明した、僕のほうも上海の日本語教室で教師をしていること、新しい日本学校を立ち上げるつもりでいることなどを、50%くらい膨らませて話した。

 すると彼女は「私も日本語を勉強したいので、もし上海に戻ったら連絡をもらえませんか?」という予想しなかった答えを返してきた。後に聞いたところだと、特に深い意味はなく、純粋に日本語上達のために、日本人の友人が欲しかっただけらしいのだが、そのときはお互いに電話番号を交換して、彼女は仕事に戻り、僕は再び大嫌いな飛行機の上で嫌な揺れを我慢しながら眠りについた。

“日本語”がつないだ関係

 CAさんに声をかけられた上に「また会ってもらえませんか」という人生で1回あるかないかの展開に、普通ならすっかり舞い上がってしまうところだが、そのときの僕はまた無駄に冷静に「これは絶対に何か裏があるに違いない。こんな貧乏日本人にCAさんが近づいて来るなどありえない。ここには何か陰謀が感じられる」などと勝手に思い込んでいた。

 その後、上海に戻ってからも、彼女からの電話に出なかったり、お誘いを断ったり、約束の時間に現れなかったりという暴挙に出ていた。結婚した今では、こんなことをしたら間違いなく死刑であろうが、このどう考えても住む世界が違いすぎて、当時の僕には壮大なドッキリにしか思えなかったのだ。

 その後も彼女からの連絡をのらりくらりと交わし続けた僕であったが、ある日、彼女の友達の女性から電話がかかってきた。

 その女性いわく「あなたは何か勘違いをしている。彼女は別に悪い人ではないし、ぜひあなたとお友達になりたいと思っているだけなので、一度くらいは会ってあげてもらえないか」とのこと。ことここに至って、今までの対応があまりに非礼であったことに遅ればせながら気づいた僕は、平謝りで彼女と会うことを約束した。

 約束の当日、これまでさんざん逃げたり、断ったりしてきたこともあり、緊張でがちがちだった僕は、靴下の色が左右で違っているのを待ち合わせ場所で気づいたほどだが、時すでに遅しで彼女がとうとうやってきた。内心は、はらわたが煮えくり返っていたかもしれないが、彼女は笑顔で「こんにちは」と挨拶をした。その後は、僕がこれまで上海で行ったことがないようなお洒落なカフェでお茶をしながらお互いの話をした。

 そのとき彼女は僕に「いろいろと怖い思いをさせてしまってごめんなさい。外国に1人で住んでいたら、確かにいろいろ考えてしまいますよね」と逆に気遣いの言葉をかけてくれた。もともと非常に単純な人間の僕は、この言葉ですっかり打ち解けて、これまでの自分の中国での体験や経験、今は日本語学校の先生をしていることなどを下手くそな中国語で説明した。