山田氏はどうして「100人」の心を一つにすることができたのだろうか。ポイントを1つ挙げると、ファシリテーターの山田氏が“結論を導かなかった”ことである。

 参加者の気持ちが変化していった秘密を、市の職員から尋ねられた山田氏は、「わたしは何も変えてないよ。むしろ参加者を導かなかっただけだよ」と答えている。確かに山田氏は議論をリードしなかった。自分の意見は殺し、あくまでもテーマを設定する役、参加者たちが退屈しないように会議を盛り上げる役、必要な情報を提供する役、に務めた。

 山田氏は、<人間はやりたい気持ちが強すぎると、マイナスの材料を無視する傾向があります。仕切り役は、『どちらでもよい』くらいのスタンスがちょうどいいのだと思います。> と記す。結果的に、参加者たちには「自分たちの病院をつくるのだ」という意識が芽生え、病院づくりに積極的に協力するようになる。元々、誰もが抱いていた「自分たちの市を良くしたい」という気持ちが引き出され、「やる気」に火がついたのだ。市民の心がドラマチックに変化していく様子は、感動を覚えずにいられない。

主役になるべきなのは地元の人

 また本書では、山田氏が数々のプロジェクトや人との出会いなどを通して体得した仕事論が語られる。例えば山田氏にとっての“良いリーダー”とは、自分がいなくなった後のことを考えるリーダーである。

 本書は第1章が常滑市の病院再生の物語なのだが、第1章を読み終えたとき、その終わり方に違和感を持った。山田氏が市役所に苦言を呈して終わっているからだ。これほど感動的な話なのになぜ市役所への苦言で終わるのか、なぜ関係者を称えないのかと不思議だった。

 しかし、読み進めていくうちにその理由が分かった。山田氏には、“自分が赴任中に手がけたことよりも、自分がいなくなってからの方が大切だ”という信念があるのだ。山田氏はこう記している。