『沈黙』に登場するキリシタン、キチジロー。一体どんな人物なのか(写真はイメージ)

 現役の若手女優が、出家すると世を騒がせている。そんななか、映画『沈黙』を観た。

 大学時代に読んだはずの遠藤周作の『沈黙』。映画の序盤にその内容をほとんど覚えていない自分に愕然としたが、宣教師が日本へ渡るあたりで徐々に思い出していった。きっかけとなったのは「キチジロー」という登場人物である。そうであった。この『沈黙』に出てくるキチジローを、当時の私は激しく憎んだのだった。

沈黙』(遠藤周作著、新潮文庫)

 キリシタン弾圧に屈し、家族のなかでただ一人「棄教」して生き残ったキチジロー。異国の地で自暴自棄に暮らしていたが、先の宣教師に道案内役として雇われ日本に戻ることとなった。海外で暮らし、一定の時を経たことでキチジローにはふたたび信仰心が芽生える。いま一度キリストに救われることを信じて、主人公である宣教師「ロドリゴ」に教えを請うのだった。だが次の瞬間、褒美の銀に目がくらみ長崎奉行にロドリゴの居場所を密告してしまう。そうかと思うと、ロドリゴが捉えられた牢獄のそばで「許してくれ」と大声で懇願する。自分が密告した張本人であるのに、どのツラ下げてと思わずにいられない。その名前に似たある単語が頭に思い浮かぶが、もちろんここに記す気はない。キリスト教のことをいつでも「許し」を引き出せるATMとでも思っているのだろうか。

 そんな信教と棄教の間で揺れる、うっかりキチジローにあてられて当時の私はうんざりした気持ちで本を置いたのだった。彼に対して煮え切らない裏切り者のレッテルを貼り、封をしたまますっかり忘れ去っていたのだった・・・が。