微分干渉顕微鏡で観察した出芽酵母。

 ヒトも酵母菌も「真核生物」という生物グループに属するのですが、そうなると、千差万別な全生物の世界の中では、真核生物どうしは細胞の仕組みも共通で似ている生物なのだということが理解されてきたのです。酵母菌のオートファジー機構の研究は、ヒトの生命現象解明にもつながるのです。

 このことは、めったやたらに生物のDNA配列を読み込んで比較するという力任せの手法によって、最近明らかになってきました。DNAの高速読み取り技術と高速・大容量の計算機によって可能になった、21世紀の新しい生物学の手法です。現在、この新しい手法によって、生物学には革命が進行中です。この革命については、別の機会に触れたいと思います。

 大隅良典栄誉教授が研究を開始した1990年頃には、酵母菌とヒトを取り巻く生物学の認識がこれほど変わるとは、予想されていませんでした。酒豪で知られる大隅良典栄誉教授は、酵母菌を選んだ理由を「私は酒が好きで、酵母はとても良い香りがするので実験材料としていいなと」(冗談めかして)述べておられます(産経ニュース2016年10月4日)。これが最適な選択だったことが後に判明したわけです。

 ノーベル賞につながった幸運です。

この研究は(まだ)役に立ってない

 大隅良典栄誉教授は酵母菌のオートファジー機構を発見し、1993年にはオートファジーに関わる15の遺伝子を発表しました。以来、この分野の研究は急速に進展しました。

 オートファジーは、酵母菌からヒトに至る多種多様な生物の細胞で常にせっせと働いている重要な生命活動です。この機構に不具合が生じると、たちまち生命は困った羽目に陥ります。

 困った羽目としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、牛海綿状脳症などの病気、それに老化が挙げられます。

 細胞内では、タンパク質製造装置が必要に応じて盛んにタンパク質を製造しています。(その精緻な仕組みはここでは書ききれないので別の機会に御紹介したいと思います。)

 この精緻な製造装置からも時折不良品が生まれます。アミノ酸をつなげてタンパク質を組み立てるところまでがうまくいっても、それが折り畳まれて(フォールディング)、最終形態に変化するところで失敗する場合があります。この種の製造不良を「ミスフォールディング」と呼びます。

 そしてミスフォールディングして予定と違う形に形成された不良タンパク質は、役に立たないばかりでなく、細胞内に蓄積され、集合し、くっついて大きな邪魔物となり、他の重要な機能を阻害し、上記のような症状を引き起こすことがあるのです。