あるメーカーでITに専門的な知識と経験を持った人間を採用した。彼は社内で特殊なITのスキルを絡めた新たなビジネスモデルを提案し、次々と顧客を開拓していった。気がつけば、そのビジネスの売上は会社全体の4割ほどを占めるようになり、それに比例して彼の発言力は増していった。
社長は彼の実績を評価し、マネージャーに昇格させ、チームを持たせる。
ところが、彼の人間性は決して優れたものではなかった。部下に対して高圧的な態度で臨み、罵倒したり、感情に任せて怒りをぶつけたりすることが多々あった。
社長のもとには彼の部下から何度となく彼に対するクレームが寄せられ、社長自身も彼の目に余る行為は問題だと感じていたが、売り上げの4割を一手に担っている彼との関係が悪くなることを恐れ、その状況を黙認するだけだった。
次々と退職するメンバー
その結果、彼のチームのメンバーは次々に会社を辞めていった。そして、新たに人を雇って彼の下につけるが、短期間のうちに辞めていく。
こういったことが続き、彼の下には人が定着せず、多額の採用コストだけがたれ流しとなり、この事業部の業績は悪化していった。彼はその原因を会社の体制の悪さにあると言い、あちこちで会社や社長に対する愚痴をこぼし、周囲のメンバーを巻き込んでいった。
そして、会社全体の雰囲気までもが険悪になっていき、他のチームからも会社を辞める人間が出始めた。
社長は意を決し、彼と話し合いの場を設け、彼の態度や行動を改めるよう強く注意した。彼は感情的になって反発し、その1週間後、社長に辞表を叩きつけた。
その辞表を受け取った時、社長の心に浮かんだのは「売り上げの4割をどうするか」という焦りよりも、「何とか会社の危機を免れた」という安心感だったという。
「1人の人間を採用したことで、会社がここまで危機的状況に陥るとは思わなかった。その原因は目の前の売り上げに気を取られ過ぎて、会社全体のことを考えることを疎かにした自分の甘さにあった」と社長は話す。
こういった話は特殊な話ではなく、頻繁に経営者から寄せられる相談である。スポーツの世界でも名プレイヤーが名監督になれるとは限らないように、ビジネスの世界でも名プレイヤーが必ずしも優れたリーダーになるとは限らない。