このあたりから、肉を食べるのは、豚や鶏、そして羊、という常識が出来上がり、牛は乳を搾るために飼育される乳牛を指すようになった。牛肉は食べても牛乳生産を終えた乳牛の肉ということになり、美味しいステーキになりようがないのである。 

 しかし、ソ連が崩壊し、2000年代からロシアはエネルギー資源の輸出で新興金持ち国グループに入る。お金の力で美味しいものはなんでも輸入することができるようになる。

 ここでロシア人は輸入された牛肉に接し、肉の本当のうまさに気づくことになる。街には「ルイジアナ」という米国産ビーフの専門店、「TOROグリル」というアルゼンチンビーフの専門店など、各国から輸入される牛肉を使用したレストランが活況を呈するようになった。

 しかし、これに慣れてくると、疑問を感じる人たちも出てくる。 

 「世界的に牛肉は肉の王様と言われていて、欧米ではどの都市にも有名なステーキレストランが自国産ビーフを自慢げに出して、大変な人気を博している。なぜ我々ロシア人は、自国産の美味な牛肉にありつけないのか」

肉牛改良プロジェクト

「No Fish」レストランの開店直後の様子。肉を提供することだけに特化しているため、力の必要な給仕人は全員男性。肉塊の切り分けも鮮やか。素晴らしいレストランである

 こう言ったのは、時に欧米寄りの姿勢が批判されるドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)であるが、彼のお声がけもあり、「ロシアにおける牛肉をより美味しくするプロジェクト(肉牛改良プロジェクト)」が法律として成立したのが2008年11月である。

 その後、このプロジェクトはどのように進められたか。農業省がリーダーとなり、あらゆる専門家が参加したチームは、最初から生産する肉牛種をブラックアンガス種に絞っていたようだ。

 このブラックアンガス牛を短期間のうちに繁殖させて、ロシア全国でその食肉が供給できるようにするには、最初から大規模な産業構築が必要となる。そこで、当時海外より食肉を輸入していた最大手の輸入企業2社をまずピックアップした。

 それが「Miratorg」社と「Zarechnoe」社であった。この2社に対して巨額の資金を貸しつけ、垂直的統合生産方式による、ブラックアンガス牛の国産化を国家として要請したのである。

 ちなみに、垂直的統合生産方式というのは、畜産業の場合、繁殖、肥育、牛肉生産、加工、販売といった各事業を、すべて自社の手で行う方法を指す。