ファン・デア・メーア博士の「確率冷却」は、素粒子実験でビームを強力なものに「整える」技術です。

 懐中電灯の光は、様々な周波数が乱雑に含まれて白い色をしています。これを、周波数を揃え(そうすると色が決まります)、さらに「位相」を整えると、レーザー光のように、より強力な光を作ることができる。

 レーザー発振の技術は全く独立したものですが、これと似たような工夫を、素粒子実験で用いる高エネルギーの粒子ビームにも適用できないか・・・。

 そのような「強力なビーム」をぶつけ合うことで、初めて「未知の粒子」の存在を観測することができるようになると、理論計算は予言していたので、いわば「懐中電灯をLEDに進化させる」ような技術として「確率冷却」という方法を考え、実現したのが、ファン・デア・メーア博士だったわけです。

 「冷却」というとピンと来ないかもしれませんが、これは乱雑さを減らす、整列させるということです。新宿駅の雑踏は人々が乱雑に歩いています。これを一方向の行列に整えるようなことを、統計的な観点から「冷却」クーリングと呼ぶわけです。

 ファン・デア・メーアの「確率冷却」はリウヴィルの定理の限界を超える画期的な方法として絶賛され、それによって困難な実験が可能となり、ノーベル物理学賞も授与されました。その考え方をご紹介してみましょう。

偏差値教育をぶち壊す

 いま、あるクラスが低学力で困っているとしましょう。学力テストをする。どうにも成績が振るわない。しかし、とりわけ公立学校の学校の先生としては、特定の子供だけ依怙贔屓することはできません。

 また、進学クラスだけ集中的に指導しても、一部のよくできる子は伸びるかもしれないけれど、それ以外のこともの学力は振るわないままにとどまります。

 かくして学力崩壊状況に対して、有効な手筋が得られず、「方法がない」と天を仰ぐことになる・・・。あくまでたとえ話ですが、実際にありそうなケースでもあります。

 ここで、子供全員を一挙に伸ばすことはできないけれど、無作為に選んだ10人だけ、特訓することは可能なはずです。こういうことが公教育ではなかなかしづらい。

 でも、公教育ではなくウイークボゾンの検証実験では可能です。それをしたのがファン・デア・メーアの方法でした。

 ともかく一部の子供だけ選ぶ。中には優秀な子もいれば、あまり成績の振るわない子も混ざっています。

 で、その子たち全員に徹底的に補習する・・・。すると、効果が絶大に出るのは、むしろ優等生ではなく、できの悪かった子供の方なんですね。だって伸びるのりしろが大きいわけだから。