このように海保の任務は「海上の安全」と「治安の維持」であり、主権防護の意味合いの強い「領域警備」の任務は厳密に言えば付与されていない。にもかかわらず、日夜涙ぐましい努力をしながら、事実上の「領域警備」にあたっているのだ。
2010年、中国漁船(民兵とも言わている)が海保巡視艇に体当たりした。船長を逮捕、拘束したものの、処分保留で送還という苦い体験をした。これ以降、海保は尖閣諸島専従部隊12隻、約600人体制という少数精鋭で日夜、「領域警備」にあたっている。
「領域警備」は最も蓋然性が高く、かつ必要性があるにもかかわらず、安保関連法案では触れられなかった。早急な整備が求められるところである。その際、自衛隊投入に関する規定より、まずは海保の任務を是正し、装備、能力ともに強化することを優先すべきである。
今回の「領域警備法案」には、この観点は全くない。せっかくの「領域警備法案」が画龍天晴を欠くものになっているのは極めて残念である。
世界標準とかけ離れた海保
世界の沿岸警備隊(コーストガード)は軍に次ぐ準軍事組織として位置づけられている。米国沿岸警備隊は国土安全保障省の傘下にあり、連邦の法執行機関である。同時に領域警備および捜索救難等を任務にし、米国の第5の軍として位置づけられる。
「海上の安全、治安の維持」はもちろんのこと、領域警備、臨検活動、船団護衛などの任務も遂行している。保有する船舶は76ミリ砲やCIWS(Close In Weapon System)などを装備し、船体構造も抗堪性の高い軍艦構造(海保の場合、商船構造)となっている。
日本の海上保安庁の場合、1948年、マッカーサー占領下で創設されたため、再軍備ととられぬよう、あえて、海上保安庁法第25条により軍隊としての活動を認めていない。従って準軍事組織として運営されている他国のコーストガードとは法制上は一線を画している。
海保の保安官も、あえて軍隊ではないことに誇りを感じている人もいるという。それはそれで結構であるが、事実上、任務の拡大解釈によって「領域警備」を涙ぐましい努力で実施しているのであれば、政治は現実を直視し、法律を整え、装備を充実させ、任務を完遂できるようにしなければならない。
自衛隊法80条により有事の際は、海保組織の全部または一部を防衛大臣の指揮下に置くことを認めている。だが、グレーゾーン事態は防衛出動前の「平時」の事態なのである。
海警局の公船や武装民兵を相手にしても、自衛隊を出動させず、独自で対応できるよう海保を強化することが喫緊の課題として求められている。切れ目なくグレーゾーン事態に対応するには、海保の任務遂行能力強化を前提とした「領域警備法案」こそ規定すべきなのだ。