尖閣諸島をめぐる小競り合いで、先に自衛隊を出すことは中国に口実を与えるだけであり、中国の思う壺でもある。中国の戦略の基本は「不戦屈敵」、つまり「戦わずして勝つ」である。「三戦」(心理戦、世論戦、法律戦)を巧みに駆使し、徐々に既成事実化を狙う「サラミ・スライス戦略」を採っている。
中国は実力を行使する場合でも、相手が軍を投入しない限り、軍の投入は控え、海警局の公船や漁船員を装った武装民兵などを使う。軍隊を使わない準軍事的作戦であるため、米国ではこれをPOSOW(Paramilitary Operations Short of War)と呼んでいる。
今のところ中国は、米国とは戦っても負けるため、米国とだけはことを構えようとはしない。米国が「尖閣は安保条約5条の対象」と言う限り、中国は海警局の公船や武装民兵を投入することはあっても、先に人民解放軍を投入することはしない。
海警や民兵の挑発行為に対し、仮に海上保安庁では手に負えないからといって、先に自衛隊を投入すれば、この時とばかりに「世論戦」を行使するに違いない。「日本軍の先制攻撃に対する自衛のため、やむを得ず人民解放軍を投入」という「世論戦」には、国際社会でシンパシーを生むかもしれない。
まずは海保の強化を
これに同情する米国世論が高まれば、日米同盟が機能しなくなることも十分あり得る。中国の高官は「我々にとって最良の日米同盟は、ここぞという絶妙の瞬間に機能しないことだ」といっている。そうなれば中国の思う壺である。米軍なしの「ガチンコ勝負」では日本に勝ち目はない。当然、中国はその機会を狙っている。
では、海警や民兵の行動が、海保の能力を超える場合はどうするのだ。自衛隊を投入しないで「海保を見殺しにするのか」というのが2つ目の懸念事項だ。筆者の主張は、まずは海保の強化を図るべきということだ。だが、今回の領域警備法では海保の任務や能力強化については全く触れられていない。
中国はPOSOW遂行のため、海警局の公船を充実、増強している。公船とはいえ、ほとんど軍艦に近い。既に1万2000トンの公船を建造中であり、ドイツから既に8隻分のエンジンを調達しているという。公船とはいえ79ミリ機関砲で武装している。他方、海保の巡視艇の火力は20ミリと30ミリのみである。
海保はこれまで、少人数で事実上の「領域警備」任務を涙ぐましい努力で遂行してきた。国民の1人として心から感謝と敬意を表したい。だが、法的には「領域警備」は海保の任務ではないことを知る国民は少ない。
海保の任務は海上保安庁法第二条に次のように定められている。
「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎖圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」