現在私たちが取り組んでいる東京アートオペラ公演ヴァーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」、いよいよ11月16日に東京は港区芝公園の「聖アンデレ教会」で午後3時から初回の演奏を迎えます。僅少ですが残件まだあるようですので、どうぞお運びいただければ幸いです。
さて、準備段階でバイロイト祝祭劇場での跡付け演奏測定などをご紹介しているので、もしかすると皆さんは、古代中世の衣装を着けた「古典的」な舞台や演出をイメージしておられるかもしれません。
が、実際に足を運んでいただくと、様相が全く違うので、びっくりされる方があるかもしれません。ことによっては「どこが原典に忠実なんだ!」とお叱りを受けたりもしかねない。それくらい、実は私たちの舞台そのものは、一見したところ原典と大きくかけ離れたたたずまいを持っているのです。
21世紀日本風俗の「トリスタン」
なぜと言って、トリスタンはパンクス、イゾルデはガーリーだけど少しサイケ入っている、クルヴェナールはアーミー系で侍女のブランゲーネはゴスロリ系のメイド・・・あまりご存じない方には、宇宙人のようなカタカナが並んだかもしれません。
つまり、例えばコスチュームに関して言えば、舞台は21世紀日本の風俗そのままをスタートラインに置いているのです。ただしそれが、様々な形に転倒されてもいるのですが。
舞台もまた、不可解な装いに見えると思います。チェスのセット、トランプ、巨大なサイコロやドミノ牌、そしてやはり巨大なチェスの駒、草間弥生の版画実物、本当に江戸時代に長崎で用いられていた「踏み絵」・・・。
そんなものが散在している空間に、照明が当たり、炎の揺れるランプが入ってきたりもし、あるいはストレッチャーで運ばれてくる人がいたり・・・。
ヴァーグナーが19世紀中葉に指定した習俗とは似ても似つかない、2013年時点の日本での創造的、刺激的な舞台を準備しています。
しかし、ここにはとても大切な次の3つの原則が貫かれています。
1 歌手の位置や歌を歌う向き、垂直方向の高さなどについては、できるだけリヒャルト・ヴァーグナーの指定に従うこと。
2 過剰に動き回る演技を採用せず、逐一譜面台を立て「劇的オラトリオ方式」で上演することで、ある種静謐な時間空間のたたずまいを作ること。
3 そのように作られた「舞台空間」の中に客席を設けること。つまり舞台と客席の区別がない劇的な時空間を組み立てること。
つまり、言ってみれば「骨格」音楽劇場の骨組みはできるだけ忠実にヴァーグナーに従いながら、そこにつく肉や皮、皮膚や髪の毛のような要素については、別の劇的原則を徹底して、表面的な懐古趣味の模倣に決して陥らないことをルールとしたのです。