MRIC by 医療ガバナンス学会発行

 最近、日本から世界的に有名な医学雑誌(Lancet)に掲載されていた高血圧薬(一般名: バルサルタン)の臨床試験(Jikei Heart Study)に関する論文が撤回された。

 理由はデータの偽造が疑われること、及び、著者一人が高血圧薬の発売元である製薬会社の社員であったのにも関わらず、論文では隠蔽されていたことである(脚注1)。この他、同様な理由で「KYOTO HEART Study」と題された論文も撤回された(脚注2)。

 私は米国で膵島移植(脚注3)に携わっているが、臨床研究(脚注4)に関する病院内の手続きが年々、厳格になってきており、データを偽造する隙はない。今回の事件を聞いた際、強い違和感を感じた。そこで、当院(ベイラー大学病院、テキサス州ダラス)での手続きの実際を概説したい。

1. 臨床研究を開始する手続き

 臨床研究はすべて、病院内の倫理審査委員会(IRB)の承認を得る必要がある。これは日本も同じだ。

 私は現在、病院内の10の臨床研究に登録されている。そのうち3つは、研究の必要性を感じ自ら提案したものだ。

 まずは、医師・看護師など研究に関与する実務者間で合意を得、倫理審査委員会が定める書式に沿って研究計画を記述する。

 単純な既存の血液検査データの分析など、薬を新規に投与することがない研究(研究によって健康被害が起こり得ない場合)は、そのまま倫理審査委員会に研究計画を提出し、審議を待てばよい。

 新しい薬の効果や安全性を検証する研究を医師主導で行う場合は、本当に気の遠くなる、長い道のりである。

 実務者間の意見や役割分担の調整はもとより、病院内の倫理審査委員会へ研究計画書を提出する前に、これまた、病院内の「Quality Assurance (QA: 品質保証)」という部門の担当者と細かい記述について修正する必要がある。

 まるで出口の見えない無限ループのような質疑応答を繰り返した末、まさに「分厚い」研究計画書が出来上がる。