先日、アメリカのシンクタンク(ウィルソン・センター)で、中華人民共和国に関するシンポジウムが開かれた。テーマは、最近の東シナ海ならびに南シナ海での島嶼領有権をめぐっての中国の対日本、そして対フィリピン強硬姿勢をいかに解釈すべきか、というものであった。

 デンマークの学者(王立デンマーク国防大学教授)で現在ウィルソン研究所にも籍を置いているオドガード博士(中国=南アジア関係、南シナ海が専門)は、「中国の行動を否定的に捉えるのではなく、中国固有の伝統的な“平和的共存”戦略を推進しているという文脈で捉える必要がある」といった趣旨の持論を展開した。

対中ハト派の危険な議論

 彼女のような中国に寛容な学者の主張に対して、元アメリカ海軍少将で現在シンクタンク研究員(CNA:東アジア地域と中国海軍が専門)のマクダヴィット少将は、「中国の南シナ海や東シナ海での侵略的行動はとても何らかの戦略に基づいていると見なすことはできない。中国はかつては孫子のような大戦略思想家を生み出し、その戦略的伝統を受け継いでいると考えられていたが、とても現在の中国の政策決定者たちは素晴らしい戦略の伝統を引き継いでいると考えることができない」と真っ向から反対意見をぶつけた。

オドガード博士の著書『China and Coexistence

 この「中国の平和的共存戦略」に関する議論は、中国による東シナ海と南シナ海での強硬な領域確定行動に関連して、中国の戦略(あるいは戦略らしきもの)をどのように評価すべきなのか? に関する議論であって、日本やフィリピンの対中対抗策や、アメリカによる日本やフィリピンへの支援策といった政策的な議論とは一線を画するものである。

 しかしながら、中国の東シナ海ならびに南シナ海での昨今の拡張主義的行動をどのように解釈するのかに関するアカデミックな議論は、アメリカ政府ならびに連邦議会が、対中戦略および対日・対フィリピン支援戦略を決定する際に、少なからぬ影響をおよぼすことになる。

 アメリカで強大な勢力を振るっている中国ロビイは、「平和的共存戦略」のような中国にとって好都合な一見“学術的”主張を、アメリカのメディア・連邦議会・政府諸機関など各方面に流布させるであろう。

 そして、あたかも「平和的共存」を目指している中国に対して日本が頑なな態度で話し合いにも応ぜず、中国の言い分に対して全く聞く耳を持たない日本こそが日本と中国のそして東アジア諸国の平和的共存を阻害している、といったプロパガンダを推し進めることは目に見えている。