同じようなことで言えば、反体制派が一枚岩でないことから、「アサド政権を倒しても、さらに混乱するだけで、もっと事態がひどくなる」との見方がある。先のことは誰にも分からないが、シリアの人々にとっては、そんな先のことよりも、とにかく現在進行中の虐殺を止めることが最優先である。
シリア国民からすれば噴飯モノの「自作自演説」
日本の論調で違和感があるもう1つのことは、「化学兵器使用は反体制派の自作自演だ」との見方がなぜか強いことだ。
確かに、それが政府軍によるものだとの決定的証拠はない。アメリカはシリア政府軍の化学兵器関連部隊の事前の動き、軍事衛星による砲撃のモニタリング、シリア政府高官の通信傍受情報など、いくつかのインテリジェンスを証拠として提示しているが、機密情報の部分が詳細に公開されたわけではないから、部外者には判断のしようがないのも事実である。
しかし、イラク戦争でのインテリジェンスの誤謬を厳しく批判されたアメリカ政府が、確信のないままにあれだけ断定するというのは、考えられない。同じように、イギリスやフランスの首脳があれだけ確信的に断定しているのも、それなりに根拠のあるインテリジェンスを入手しているからだろう。
ロシア政府は真逆の主張をしているが、自国メディアを事実上管理下に置き、メディアも世論も気にする必要のないロシアと、メディアや世論の追及に常に晒され、誤った情報分析・判断が政権担当者の致命傷になる西側主要国では、その信頼性には雲泥の差がある。インテリジェンスの基本としては、どんな情報源も無条件で信用してはいけないが、ロシア情報が米英仏情報より信用できるなどという前提は典型的な反米バイアスであり、インテリジェンス的には落第である。
また、かつてオウムが作っていたような初歩的なレベルのサリンと違い、今回使われたような強力な兵器級の化学兵器の製造と運用は、それほど容易なものではない。化学兵器を反政府軍が入手したという根拠ある情報はこれまで皆無であり(トンデモ情報はネット上にいくつもあるが)、反政府軍が化学兵器を保有しているという仮定自体が荒唐無稽だが、百歩譲って仮に彼らが化学兵器を保有していたとしても、それを政府軍の攻勢に合わせて複数の場所で、あれほど効果的に使用するなど不可能だ。作戦には意思と能力が必要だが、そもそも反政府軍にあれほどのオペレーションを実行する能力はない。
意思の面でも、百歩譲って反政府軍が政府軍に罪をなすりつけようとの意図があったと仮定しても、民間人を1000人以上も殺戮するほどの規模は必要ない。反政府軍の自作自演説など、シリア国民からすれば噴飯モノの珍説である。