アサド政権は「証拠を示せ」と反論しているが、そもそも証拠が出てこないように小細工しているのは、アサド政権である。化学兵器使用は半年前から繰り返し行われていたが、アサド政権がようやく国連調査団の調査を認めたのは2013年の8月。国際メディアの取材もまったく認めていない。反体制派側の犯行だと言うのなら、いくらでも取材させて宣伝したいはずなのに、実に不思議なことだ。

 今回も、ほんの数キロ地点に国連調査団がいるのに、立ち入りを認めたのは5日も後のこと。その間、シリア政府は「すべて嘘だ」と化学兵器使用そのものを否定しつつ、被害地に猛烈な爆撃を加え、化学兵器使用の痕跡を破壊した。なかったことにしようとしていたわけだ。

 その後、隠しきれなくなって「反体制派のしわざ」と転じたが、アサド政権の主張などすべて欺瞞であることは、シリア国民なら誰もが知っている。独裁政権が嘘しか言わないことは、何もシリアだけのことではなく、アラブ世界の常である。サダム・フセインもカダフィも同じことで、そのあたりはアラブ社会の常識の範囲だ。

誤算だった国際社会の反応

 こうしたことは、シリアと関わりのある一定層がいる欧米主要国やアラブ諸国ではよく知られており、アサド政権の信用度などゼロに近いが、日本ではそこがなかなか理解されないようだ。

 筆者はテレビなどで解説を求められる際、分かりやすく伝えるために、「シリアは北朝鮮と同じ」としばしば表現している。徹底した恐怖支配、言論統制、権力の世襲に至るまで、シリアは北朝鮮とまったく同じだ。アサド政権の主張を鵜呑みにするということは、拉致問題や核問題で北朝鮮の主張を信じるのと同じようなことである。

 「国連調査団がいる時期に、政府軍が化学兵器を使って自らの立場を悪くするはずがない」 → 「だから反体制派の自作自演だろう」という見方もあるが、それはまったく根拠にはならない。

 政府軍には、化学兵器を使う能力があるが、意思もある。今回使われたダマスカス近郊は反政府軍の牙城で、長期にわたって政府軍が無差別砲撃や空爆を続けても奪取できないでいるエリアだった。しかも当地の反政府軍は強力で、戦闘を有利に進めており、首都中枢を狙うほど勢力を拡大していた。アサド政権にとっては非常に脅威に感じていたはずである。

 今回、政府軍は化学兵器使用と同時に、戦力を同方面に集中し、大規模な制圧作戦に動いている。化学兵器で同地域にいる反政府軍を後退させ、その力の空白に乗じて占領しようという作戦である。良し悪しは別として、軍事作戦としては実に有効なやり方だ。