「中国は、いつ、いかなる状況下であっても、核兵器を先制的に使用しない」

 これは、1964年に中国が核兵器を保有した際に宣言され、その後機会あるごとに国際社会に向けて“約束”してきた中国共産党政府の核兵器使用に関する基本原則であり、「核先制不使用(NFU:No First Use)ドクトリン」と呼ばれている。

 ちなみに、アメリカ、イギリス、フランス、そしてロシアという他の国連安保理常任理事国(いずれも核兵器保有国)は、このような原則は掲げていない。アメリカの場合は、より積極的に、核先制攻撃の可能性を強力な抑止力として位置づけている(ブッシュ・ドクトリン)。

国防白書から消えた「核先制不使用」

 この核先制不使用ドクトリンに関する記述は、「中国国防白書」では1998年に創刊されて以来2011年版までは必ず表明されてきたが、先日発表された2013年版の中国国防白書には見当たらない(「中国国防白書日本語版」)。

 イギリス人の核物理学者で、福島第一原発事故に関する分析でも注目されたアメリカのカーネギー国際平和財団のアクトン博士は、「2013年版中国国防白書から核先制不使用ドクトリンに関する記述が消えたという事実を軽視してはならない」と警告している(ニューヨークタイムス“Is China Changing Its Position on Nuclear Weapons?”)。

 アクトン博士によると、核先制不使用ドクトリンのような重要な国防原則が事務的手続きのミスによって表明されなかったことは考えられない。そして、第二砲兵(地上発射戦略ミサイル軍)での国家主席の訓示でも核先制不使用が表明されなかったことは、決して偶然にこのドクトリンが見落とされたとは言えないことを示す何よりの強い証拠であると指摘する(習近平国家主席は3月に第二砲兵で「核兵器こそが大国としての地位を戦略的に支えるのである」と訓示したが、核先制不使用ドクトリンに関してはひと言も触れなかった)。

核ドクトリンが変更された理由は?

 国防白書から核先制不使用ドクトリンに関する表明が消えたからといって、中国共産党指導部から、このドクトリンを捨て去ったという表明はされていない。また、核先制不使用ドクトリンに取って代わる原則を打ち出しているわけでもない。したがって、現在の中国軍の核使用に関する原則は不明と言わざるを得ないのであるが、アクトン博士は以下のように推論するのが合理的であるとしている。