2カ月後、クラゲが500円玉ぐらいの大きさになったときに展示してみた。すると予期せぬことが起きた。客がクラゲを見て喜んでいるのだ。「お客さんが、サンゴや他の魚の展示より3倍から5倍もの長い間、クラゲを見てくれていたんです。ああ、クラゲは魅力的な生物なんだと思いました」
村上館長も客の反応に面食らった。
「クラゲを展示したらお客さんがわーわーきゃーきゃー言って喜ぶんですよ。特に女性の反応が大きかった。
ただ、サカサクラゲは水槽の底にじっとしているだけなんです。泳がせたらお客さんがもっと喜ぶんじゃないかと思って、飼育員に水槽の裏から水をかき回させた。するとクラゲが舞い上がって、さも泳いだように見える。それを見たお客さんがまたきゃーっと喜ぶ。クラゲっていうのはすごいもんだなあと思いましたね」
村上館長は「こんなにお客さんが喜んでくれるのなら、もっとクラゲを展示しよう」と職員に命じた。業者から熱帯産のクラゲを仕入れ、海に泳いでいるクラゲを捕まえてきて展示した。
クラゲを展示すると、客がやはり水槽の前で立ち止まって見つめている。水族館を立ち直らせる道筋が見えた。館長は「クラゲで日本一を目指そう」と号令をかけた。こうして加茂水族館はクラゲの飼育と展示に全エネルギーを注ぎ込こんでいく。
無我夢中でクラゲを集めて飼育した結果、2001年に展示種類数が12種類になった。日本一の座に上り詰めたのだ。その後も毎年、展示種類数を増やしていき、2007年には30種類以上に達した。加茂水族館は世界一のクラゲ水族館になった。
2008年10月には、オワンクラゲから蛍光たんぱく質を発見した米ボストン大学名誉教授の下村脩氏がノーベル化学賞を受賞することが決定した。オワンクラゲを展示している加茂水族館に日本中の注目が集まり、マスコミと多くの客が押し寄せた。近隣の道路は水族館を目指す車で渋滞し、年間の入館者は約20万人に達した。オープンから40年以上経って、オープン当初の入館者数に戻った。
2010年4月には、アメリカに住んでいる下村氏が直々に加茂水族館を訪れてきた。下村氏は同館のクラゲの繁殖を見て「よくここまで努力しましたね」と感想を述べた。
クラゲはハードルの高い生き物だと思っていた
村上館長は、クラゲに出合えたのは本当に幸運だったと言う。例えばウニやウツボに特化してもこれほどの人は集まらなかっただろう。クラゲだったから良かったのだ。同館の地下にあるクラゲ展示コーナーに足を踏み入れると、クラゲの幻想的な美しさに息を飲む。
「クラゲほどきれいな生き物はいないと思います。他に何かあるかというと、思い当たるものがないですね。そして、あの時期に出合えたというのは、いま思えば本当にたった1回のチャンスだったんじゃないかと思います」(村上館長)
クラゲに出合えたのは確かに幸運だった。だが、そこから復活を遂げるまでの道のりは単なる幸運の一言では片付けられない。その裏には、館長をはじめとする職員たちの汗と涙にまみれた奮闘があった。