日本への一時帰国を終えて、3週間ぶりにパリに戻れば、とある街角にちょっとした変化があるのに気がついた。その場所は、パリの中ほどに位置するオデオンの交差点付近。
おしゃれなパリっ子やツーリストでにぎわうサンジェルマンデプレ界隈の一部といってもいい、つまりは一等地に当たる。ここには、今ではもう既に伝説的にすらなった有名フルーリストが1990年代に店を構えており、パリの花装飾においては象徴的なアドレスとして記憶されている。
パリの一等地が日本のウイスキーにジャックされた!
時代が変わって、その場所は別のフルーリストに引き継がれ、相変わらず見事なウインドー飾りが施されていたのだが、ここにきて突如、様子が一変したのである。
まず、店の装飾が古新聞で占められている。それもなんと、日本の古新聞。肝心の商売の品はといえば、日本のウイスキーの銘柄がずらりと並んでいるではないか。パリの一等地の眺めとしては、いささかアバンギャルドである。
初めにこれを発見した時には、たまたま日本人の友人とのランチの帰りで、2人でガラスに張りついて、思わず新聞の文字に目を凝らした。
次の時には、ドアを押して中に入った。私はフルーリストとして営業していた時代にも何度かここを訪れているが、その変わりようといったら、全く鮮やかなものである。花々に代わって件の古新聞が壁一面に張り巡らされ、それはスタッフ用の通路である階段の壁にまで続いている。
さらにその上には、誰かが日本を旅した時のスナップとおぼしき写真帳のページがモノクロで複写されて張られている。そして、これは中国人のものか、と思われるような筆跡で、奔放な墨文字・・・。
この日本人男性はいったい誰だ?
中でも、ひときわ目を引くのが、年代の感じられる日本人男性のポートレイト。
私は初め、これをインパクトのあるデコレーションのための一種の装置だと思っていた。ところが、お店の人に話を聞くうちに、このポートレイトには確たる意味があることが分かった。
男性の名は、竹鶴政孝氏。ニッカウヰスキーの創業者である。
ところで、再訪した時点では、最初に発見した時とは少し様子が違っていて、店に並んでいるのは、日本のウイスキーばかりではなく、カルバドスが多くなっていた。しかも壁面には、カルバドスの原料であるリンゴの丸が飛び跳ねている。