地域医療の最前線で活躍してきた諏訪中央病院名誉院長、鎌田實氏が
最新作『いいかげんがいい』を上梓した。
医師としての見地から、無理をしない、そして頑張りすぎない生き方を提唱する。
なにごとも「ほどほど」「いいかげん」がいいのだという。
だが、今の日本で暮らしていると、なかなかそうした心持ちにはなれない。
なにしろ誰もが明日の生活に不安を抱えて生きているのである。
鎌田氏はそうした状況をふまえ、「いいかげん」な生き方の素晴らしさを唱える一方で、
弱者をないがしろにしてきた日本の政治に警鐘を鳴らす。    (聞き手は鶴岡弘之)

──この本の中で提唱している「ウェットな資本主義」とは。

いいかげんがいい』鎌田實著、集英社、952円(税別)

鎌田 30年ぐらい前から僕は「ウェットな資本主義」を唱えているんです。資本主義の原理は競争主義ですから、放っておくとどんどんドライになっていく。資本主義に暖かな血を通わせないと、最後は行き詰まります。

 日本はこの10年の間、国づくりに失敗したと思います。日本がやってきたのは、一生懸命、米国のモノマネをすることです。でも、米国の資本主義社会を見ると、実は下半身にちゃんと血が通っている。厚みのあるボランティア活動とか、貧しい人を助ける教会のネットワークとか、日本にはないシステムがあります。

 また米国には、成功して富を築いた人が寄付をする伝統もある。僕は4年ほど前からイラクの子供たちを支援するようになったんだけど、俳優のポール・ニューマンの名前をすごくよく聞きました。彼はポール・ニューマン財団を設立して、イラクの白血病の子どもたちを助けていたんです。

 日本は米国の資本主義の上半身しか見てこなかった。だから日本の資本主義には暖かい血が通った土台が決定的に欠けていますよね。本当は土台があるからこそ、上半身で激しい競争を繰り広げられるんだと思う。

──具体的に言うと、小泉政権の構造改革が国づくりの方向性を間違ったと?

鎌田 小泉さんの改革はあまりにも中途半端だったと思います。いろいろな改革を行ったけれど、既得権益も天下りも今だになくならないし、何よりも失敗だったと思うのは、下半身に暖かい血を通わせる政策を怠ったことです。結果的に一握りの勝ち組だけをつくって、分厚い中流を壊してしまった。資本主義を維持するためには分厚い中流が必要なのに、多くの中流が下流に落ちて行きました。

 教育や子育て支援、医療をもっと充実させるべきだったんです。例えば日本の公的教育費はGDP比で3.4%しかない。先進国の中で最下位のクラスです。国として教育に全然お金をかけていないんです。また、子育て支援にかけるお金も日本はGDP比でたったの0.75%。一方、フランスなんかは3%あります。

 この違いが出生率の違いになって表れていますよね。フランスは出生率が2.0を超えているのに、日本は1.31しかない。日本では、結婚しても安心して子供を生んで育てられるような環境じゃないんです。日本の出生率はどんどん下がって、いずれ1を切ると思いますよ。

 都内の病院で起きた「妊婦たらい回し」事件にしても、小泉政権以来の医療費抑制政策がボディーブローのように効いてきた結果です。