財政事情の急激な悪化と、財政面からの景気刺激策継続の必要性との板ばさみになって苦闘している英国。ダーリング財務相が8日にカーディフで行った、今後の財政運営方針に関する講演は、次の一言を含んでいた。

 “value for money”

 欧米に出向いたことのある方なら、小売店の広告などで馴染みのあるフレーズだろう。ここでの for は、文法的には、対価を示す for。あなたの支払う金額にしっかり見合うだけの価値がありますよ、という意味である。もう十数年前のことになるが、筆者の上司が、ロンドン駐在時代に一番印象に残った言い回しはこの “value for money” だ、と言っていたのを思い出す。英語ならではの語感を伴った、簡潔ではあっても明瞭な表現である。

 今回のダーリング財務相講演では、次のような発言があった。

「優先度をつけるということは、必然的に、厳しい選択(tough choices)を意味している」
「そのことはわれわれに、国家には非常に重要な役割が常にあることを認識する一方で、政府は何をすることができ、何をすべきなのか、ということの検証を要求する」
「公共支出というのは、それ自体がゴールではない」
「重要なのは結果、あなたのお金であなたが手にするものである。そして、人々が願望を満たし、懸念を和らげる上でどのように役立つのかということである」
「第一の優先事項は、より高い効率性を達成できる分野を探すことでなければならない」
「サービス削減を性急に行おうとする人々もいようが、われわれはコスト削減に焦点をあてている」
「より少ないお金でより多くのことを成し遂げるのに加えて、われわれは物事の改善努力、公的部門改革の前進を、一段と実行していかなければならない」
「今すぐ歳出をカットすることは、(景気)回復を潰してしまうだろう。しかし、回復がしっかり確立した際には、すべての国は財政的な強さを再構築しなければならない」

 上記は、日本の財政再建問題にもそのまま当てはまる、原理原則として非常に重要な話である。鳩山次期内閣が発足当初から年末までの間に直面する最大の課題は、マニフェストに掲げた政策を実行する財源を捻出するため、どのように2009年度補正予算を組み替えることができ、どのような2010年度政府予算案を編成することになるのか、という点である。債券市場を中心に、関係者の関心は高い。

 ここであえて、次期政権の予算編成が直面する障害を、経済や政治の現実という視点から大まかに整理すれば、以下の2つになる。

(1)利害対立の存在

 どのような歳出でも、「必要だ」と主張する人は必ずいる。仮に、100人のうち99人が無駄な歳出だと考えている事業でも、残る1人がこれは必要不可欠だと主張し、しかもその1人が強い政治的影響力を持っているような場合には、その歳出を完全にカットするのは(少なくともこれまでの霞が関の常識では)現実問題として難しかったのではないか。そのような悪しきパターンが過去のものになるのか、それとも今後も残ることになるのかが、いま問われているように思われる。

 民主党の考え方は、歳出計上に際して優先順位付けを徹底し、まずマニフェストで掲げた最優先政策から財源をつけていき、優先順位が低い部分については予算計上を見送る、ということのようである。そうなると、利害関係がまったくない人が、公正中立な立場から、すなわち政治的な利害関係にはまったく惑わされずに、優先順位を淡々とつけていくという、大変難しい作業が要請されてくる。

 民主党主導の政権が誕生しても、個々の歳出項目について、必要か不要かで利害対立は存在し続ける。さらに、気になるのは、来年に参院選が控えているという政治日程である。また、どのような予算案が出来上がろうとも、誰かが必ず不満を抱くことにもなる。それが政治的にどのような波紋につながっていくのかは、現時点ではまったくの未知数である。巻き起こる波紋を小さく抑えようとすれば、歳出カットにメリハリがなくなり、予算の改革は中途半端に終わる。一方、波紋が大きくなることを覚悟の上で大ナタを振るう場合には、各方面で不満が蓄積してしまい、政治的な波乱材料になりかねないというジレンマがある。

 

(2)景気下押し圧力の増大

 民主党の財政政策というと、まず「バラマキ」という先入観を抱きがちだが、実際には財源捻出のため公共事業カットや公務員総人件費2割カット、所得税の扶養控除などの廃止、独立行政法人の抜本的見直しなど、景気の下押し要因になる政策がいくつも掲げられている。最近では、地球温暖化対策の加速が企業や家計の負担増につながる問題も注目を集めるようになっている。

 子ども手当支給などの景気押し上げ要因と、歳出抑制や所得税控除廃止などの景気下押し要因とがせめぎ合う中で、差し引きでどちらに転ぶかは、例えば子ども手当支給のタイミング(2010年6月が有力視されているようである)などにもよってくるため、一概には言えない。しかし少なくとも、歳出カットや事実上の増税が景気を下押しする部分があるということは間違いない。そして、歳出カットを大きくすればするほど、下押し圧力は増してくる。

 では、予算編成において政治や経済の「厳しい現実」に直面した場合、「逃げ道」はないのだろうか。

 筆者のみるところ、「逃げ道」はある。もっとも、そこに逃げ込むようだと、財政面の改革はかけ声倒れではないか、という批判を受けること必定ではあるのだが。

(1)歳出計上期間の長期化
民主党の大塚耕平政調副会長がマニフェスト説明会で言及していた手法である。例えば道路事業の予算がある場合、その事業自体はカットせず残す代わりに、これまで5年間にわたって予算計上していたものを、7年間に延長してやれば、単年度あたりの歳出は圧縮できることになる。しかしこれは、単なる妥協の産物と言わざるを得ない。

(2)「埋蔵金」の活用
財務官僚については、昔から「知恵者ぞろい」という定評がある。自民党主導の政権時代にも、経済対策や国債発行額圧縮のための財源を、彼らが財政上のテクニックを駆使して捻り出してきた例は数多い。

 日経新聞は8日朝刊のコラム記事の中で、財務省がひそかに「財源確保法案」を検討しており、民主党が公約した子ども手当などに必要な財源を公共事業や人件費削減で賄えなければ、外国為替資金特別会計の積立金など「埋蔵金」で一気に埋めるシミュレーションが進んでいる、と伝えた。「やれと言われればやるしかない」との理財局幹部のコメント付きである。さもありなん、と筆者は受け止めた。

 鳩山次期内閣は、地球温暖化対策でのリーダーシップ、日米首脳会談での同盟関係確認に続き、予算編成を滞りなく進めることで、政権担当能力が十分あることを内外にアピールしていく方針だろう。国債発行額については、無理をしてでも抑制してくる可能性がある。だが、そのことと予算編成の改革が本当に進んだかどうかは、区別してチェックしていく姿勢が肝要である。