世界銀行研究所のグローバルガバナンスチームの長を務めていたダニエル・カウフマンが2005年公表した調査論文によると、発展途上国では0.6兆~1.5兆ドルに上る賄賂が毎年、公務員に贈られているという。先進国の司法当局にとっては、まさにエマージングな成長分野なのだ。

 日本企業の関与が摘発された案件としては、タイの新空港への爆発物検知装置納入をめぐる疑惑があり、これはタクシン政権時代の不正資産蓄財追及の中で発覚した。バンコクの洪水防止排水トンネルをめぐっては、大手ゼネコン絡みで事件が起こっている。さらに、日本の海外事業コンサルティング大手の対ベトナム政府開発援助(ODA)絡みの事件も記憶に新しい。

政府クリーン度ランキング、日本企業の拠点国が下位に

 当コラム「『失地回復』を狙う米SEC(上)」(2009年6月18日公開)で紹介した独シーメンス事件について、再び取り上げたい。

 米証券取引委員会(SEC)が米ワシントン連邦地裁へ2008年12月に提出した起訴状によると、シーメンスの絡んだ贈賄の案件は14を数える。

イラク検察、フセイン元大統領に死刑を求刑 - イラク

フセイン政権下のイラクでも・・・〔AFPBB News

 シーメンスが受注を狙った品目には、携帯電話、医療機器、石油精製施設、地下鉄建設のほか、旧フセイン政権下のイラクを対象とする石油食糧交換プログラムなどが含まれる。また、中国やベトナム、バングラデシュなどアジア関連の案件が目立つ。

 米公共放送網PBSが2009年4月放映したシーメンス事件の特集を見ると、米当局とシーメンスの米国顧問弁護士事務所は、事件の全容解明に向け、実に1億件を超える文書を集めた。ドイツと中国にはそれぞれ、捜査目的の特別な記録保存施設が設けられほどだという。

 NGO大手のトランスペアレンシー・インターナショナルは1995年以来、各国政府のクリーン度を示す「腐敗認識インデックス(CPI)」を毎年公表している。

 2008年のCPIでは対象180カ国のうち、汚職蔓延とされる下位3分の1の多くをアフリカ諸国が占めた。ただ、中国72位、タイ80位、インド85位、ベトナム121位、ラオス151位、キルギスタン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・カンボジア161位、ミャンマー178位など、日本企業の事業拠点としておなじみの国が下位に名を連ねている。

 海外腐敗行為防止法(FCPA)を根拠として、SECや米司法省がこうした国々で米国上場の日本企業を対象に贈賄案件を摘発する可能性は否定できない。

起死回生、SECが手に入れた「秘密兵器」

 当コラム「『失地回復』を狙う米SEC(上)」(2009年6月18日公開)で紹介したアギーラーSEC委員は2009年5月の演説で、FCPAの強力な執行ツールとして、証券監督者国際機構(IOSCO)の多国間情報交換取り決めを積極活用する意向を示している。

 この取り決めは、「IOSCOマルチMOU」と呼ばれることが多い。インサイダー取引や相場操縦など、証券取引に関する不正取引が国境を越える現実に対処するため、IOSCOが2002年から加盟国による締結を推進しているものだ。

 現在、日米英仏独などの主要先進国に加え、インド、中国、香港を含む50以上の国・地域がこのMOUを締結し、不正取引の情報を当局間で国際的に交換する体制を整えている。SECはこれを使い、FCPAに基づく贈賄の立件を積極化しようとしている。