京都の禅僧が現代人に送る禅の入門書であり、生き方の指南書である。
筆者の有馬頼底(ありま・らいてい)氏によれば、欧州、特にフランスでは現在、日本ブームに沸いており、中でも禅の思想や文化が非常に注目されているという。欧州の禅ブームは、実は今に始まったことではない。かつては19世紀の「ジャポニズム」(浮世絵人気に端を発した日本趣味)の頃から、価値観が全く異なる神秘的な世界、東洋への憧れがあった。
今、欧州では禅がブーム
欧州の禅への関心は長らくそうした「憧れ」の延長線上にあったわけだが、最近のブームは少し様相が異なるらしい。実際に何度も欧州を訪れている有馬氏は、「どうやらキリスト教じゃもう救われん、ということのようです。行き詰まった世の中からなんとか抜け出したいというわけで、仏教、特に禅への関心が高くなっているんと違いますか」と見る。
そういえば本欄でも紹介した、スペインの経済学者と作家が著した寓話小説『幸福の迷宮』も禅の思想をベースとした本だった。欧州で、精神的な救いのよすがとして禅への関心が高まっている。その流れは間違いなくあるようだ。
今後、日本のビジネスパーソンが海外に出向いた時に、取引先との間で禅が話題に上る可能性は十分にある。短絡的な発想と言われるかもしれないが、そういう場で恥ずかしい思いをしないために知識武装しておくならば、本書はうってつけの1冊だと言える。そもそも日本人ならば、自分たち日本人の精神構造や日本文化の基盤はぜひ知っておきたいところだ。
本書は、有馬氏が語った言葉を書き起こしたものだ。難しい言葉はできるだけ使わずに、誰にでも分かるように語りかけている。いきなり鈴木大拙を読んでつまずくよりも、まずはこのレベルで頭を慣らした方がいいかもしれない。本書だけで禅を「理解したつもり」になるのは危険だが、読み終わった後は、禅に対する敷居が確実に低くなっているはずだ。
本書は禅の入門書であるだけではなく、組織のリーダーに向けた心得書という側面も備えている。
有馬氏は、競馬の「有馬記念」にも名を残す有馬伯爵一族の出身。8歳で両親が離婚し、九州の禅寺に預けられた。そこで荒行の世界に放り込まれ、時には「死にたいほどのどん底」も味わって今に至るわけだが、もともとはやはり大名の家柄。
物心つく以前から「人の上に立つ」ことを前提にした教育を受けてきたという。本書では、「あえて誤解されるリスクを覚悟で申し上げるのですが、私の思考の根底は、常にトップに立つ人間としてのものの考え方というものがあるといえるでしょう」と記している。