横並びで他社と同じことをしていては市場競争に打ち勝つことは難しい。そういう意味では、企業には多かれ少なかれ「非常識」な部分が求められるものだ。
だが、「経理はどんぶり勘定でかまわない」「会議は長くだらだらとやるのがいい」と言われたらどうだろう。生真面目な経営者ならば「冗談を言うな」と怒り出すかもしれない。しかし、そうした極端とも言える「非常識」な経営を行って躍進している企業が、本書には登場する。
表面的な規則やルールだけを見ていても好業績の理由は分からない。筆者の天外伺朗(てんげ・しろう)氏はかつてソニーでワークステーション「NEWS」や犬型ロボット「AIBO」の開発を率い、ソニー常務、ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所社長などを務めた。ソニーで脳科学や人工知能の研究を推し進めた人物としても知られ、スピリチュアル関係の著作も多い。本書では、人の脳と心のメカニズムに精通した天外氏ならではの視点で非常識経営の有効性を唱えている。
ソニー凋落の本当の原因とは
天外氏の主張はこうだ。
この100年間、企業経営は「合理主義経営学」に導かれて進化してきた。経営効率を高める様々な経営理論が次から次へと登場し、企業の経営効率は著しく向上した。
だがここに来て「合理主義経営学」の限界が明らかになりつつある。天外氏は古巣、ソニーの例を挙げる。ソニーは1990年代半ばから様々な経営手法を導入した。「シックスシグマ」「EVA(経済付加価値)」、そして「成果主義」・・・。ところが、それにもかかわらずソニーの業績は悪化し、坂道を転がり落ちていく。その果てが2003年4月の「ソニーショック」とも呼ばれる株価大暴落だ。天外氏は自らの反省も込めて、ソニーの凋落を合理主義経営学にすがった結果だと説明する。
ひるがえって創業期のソニーはどうだったか。戦後の焼け野原に設立されたベンチャー企業に、合理主義に基づいた経営学やマーケティング手法は存在しなかった。だが、社員一人ひとりがやる気に満ちあふれ、全社を挙げて「燃える集団」状態だったという。すさまじい勢いでチームが活性化していたのである。
「当時のソニーには、一応、ピラミッド型の組織があったんです。だけど創業者の1人、井深大さんは “組織” をものすごく嫌っていました。だから従業員に対しては、組織などにとらわれず個人の力量を思う存分に発揮することを奨励していました」(天外氏)
つまり、社員一人ひとりの人間性を重視し、徹底的に尊重することによって、組織は活性化するようになるのだ。天外氏はその考え方を「人間性経営学」と呼ぶ。
「人間性経営学」が大きな潮流に
天外氏は、今、世界中で、企業経営を支える柱が合理主義経営学から人間性経営学へと大きく移り変わっていると唱える。「ブラジルのセムコ、米国のゴア、パタゴニアなど、創業期のソニーのように人間性を尊重して躍進する企業が世界中で登場しています。本格的に探せばおそらく何百社、何千社と存在しているはずです。人間性経営学は大きな潮流になりつつあるのです」(天外氏)