人間の脳機能への理解は大きく歪んでいる

酒井:現在のAI開発が基礎としている人間の脳機能への理解は、大きく歪んでいます。正しい方向に戻さないとAIに未来はないでしょう。そのためには、脳科学や心理学・言語学の研究を進め、人間らしい知性について深く理解しなければなりません。

 現在のAI開発の土台にあるのは「経験論」です。これは17世紀イギリスの思想家、ジョン・ロックによる偏った主張で、「人間は白紙の状態(タブラ・ラーサ)で生まれ、学習によってすべての能力を得る」という考え方です。

 これに対して、現代アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーは、「人間は生まれながらに言語能力を持つ」ことを明らかにして、デカルトの「合理論」を発展させました。経験論と合理論は、かつての天動説と地動説のように鋭く対峙しています。

 現在は経験論を声高に主張する人が多く、合理論は少数派です。それが足かせとなって、人間の知性の研究が正しい方向に進まず、歪んだ AI が暴走しかけています。AIの開発者にも節度や謙虚さがなく、「AIは人類の知性を超えた」などという暴言まで飛び出す始末です。

 現状のままAIの開発が進んだ場合の危険性が正しく想定されていないため、リスク管理すらできていません。これでは人間がほとんど無防備なままAIに振り回され、果ては駆逐されてしまうという、最悪のシナリオが起こる可能性が高いと考えています。

──人間の知性の研究はあまり行われていないのですか。

酒井:人間の知性のこともよく知らないまま、開発に投資されて拍車がかかっています。言語学や脳科学の分野で、人間知性への学問的探究を絶やさぬよう、私も含めて研究者らが努力していますが、少数派です。

 地動説はガリレオやケプラー、そしてニュートンなどの科学者たちによる観測と理論の積み重ねによって正しいことが裏付けられました。多数派だけで学問の将来が決まるわけではないのです。ただ、経験論を信じて疑わない人たちを説得するのに、あと数十年はかかるでしょう。

──ほかに、人間の知性の研究はどのような課題を抱えているのでしょうか。