インド太平洋における中国の抑止

「防衛戦略」において第2優先に挙げられているのが、「インド太平洋における、中国との対立ではない、力による抑止」である。

 あえて「対立ではない」と見出しでも強調しているところに、中国への配慮がうかがえる。

 1年前、政権発足当初のトランプ政権は、中国を最大の競争相手であるととらえて、米国がその競争に勝って中国の台頭を抑えるのだとしていた。

 しかしその後、レアアース問題等が浮上して関税競争では分が悪いと判断したトランプ大統領は、むしろ中国との取引により米国の経済的利益を確保しようとしているように見える。

 この「防衛戦略」も、この流れと軌を一にするように、「我々の焦点は、戦略的安定を支え、より広範な紛争回避とエスカレーション回避(を達成すること)にある」として、そのためにインド太平洋で「まずまずの平和(decent peace)」を追求するとしている。

 その目標は、「米国、中国、その他の地域国がまずまずの平和を謳歌できるようなインド太平洋における勢力均衡」を達成することだとしており、経済的利益の確保を重視する記述となっている。

 そしてこの実現のために、「第1列島線に沿って、強力な拒否的防衛(denial defense)」を構築することが必要であり、そのため「この地域の同盟国やパートナーが集団防衛のために更なる行動ができるように奨励し支援する」としているのである。

 すなわち、日本を含む第1列島線を強力な盾として中国を牽制することで「力による抑止」を達成し、インド太平洋における米国の利益確保を確実にするということだろう。

 この地域の戦略的安定を目標とすることは、トランプ政権でも民主党政権でも変わらないであろうし、これは日本にとっても望ましいことではある。

 しかし問題は、中国がこの米国の戦略をどう解釈するかである。

「防衛戦略」が言う第1列島線のパートナーには、台湾が含まれていると考えるのが自然ではあるが、この文書は台湾には全く言及していない。

 中国は、「まずまずの平和」とは、大規模戦争に至らなければ多少の紛争は容認するものだと認識するかもしれない。

 その場合、台湾を強制的に併合するために、軍事的威嚇、経済的圧力、情報操作などのハイブリッド手段を併用しつつ多少の武力を行使しても、米国の権益を侵さない限り米国の介入は招かないと、中国が一方的に考える可能性がある。

 この時、日本にとっての最悪の事態は、米国とともに第1列島線の防衛を強化して抑止に貢献していると思っていた日本が、成り行きで紛争に巻き込まれ、一人最前線に立たされて戦う羽目になるという状況であろう。

 特にトランプ政権は、同盟国との協議を軽視する傾向があるので注意が必要である。

 そうならないためには、第1列島線の防衛力強化の目的とその要領について、日本は日本で自国防衛のための明確な方針を持った上で、日米間の緊密な意思疎通を欠かさないことが肝要であろう。

 なお、この「防衛戦略」では拡大抑止という用語は使われていないが、第1列島線における強力な拒否的防衛のためには、「米本土からの直接(攻撃)も含め」壊滅的な打撃を行える能力を維持すると明示されている点は、戦争省スタッフの日韓への配慮かもしれない。