「共感性が低いというのも能力の一つ」
中野:共感性を本当に養いたいですか? 共感性が高いほうが本当にいいと言えるかどうか、よく考えてみると実は難しい問題です。低い方が良い場合があるかもしれない。共感性が高い人もいれば低い人もいて、両方のタイプが、人間社会の中で生き残ってきたという事実を考えると、どちらも生存適応的であるはずです。
ただ、現在の社会の規範を見ていると、なんとなく共感性が高い人のほうが敵を作りにくいだとか、素敵な人に見えるだとかいう印象がありますよね。でも、それだけではないでしょうか。
共感性が低い人は、わざわざ共感性を無理して養ったりして、ストレスの多い人生を送る必要はないと思いますよ。別に高くしなくても、共感性が高いふりをするだけで十分では?
──ちょっと装ったほうがいいのですね(笑)。
中野:共感性が低いというのも能力の一つなんですよ。適切な場面で「ふりをする」努力ができない人は、共感性が求められる場に出ることを可能な範囲で控えるだけでも随分違うはずです。
──どちらにせよ、自分は共感性が高いほうか低いほうかという自覚が必要だということですね。
中野:そうですね。己を知って行動することが最も重要だと思います。
──「己を知る」という部分に関係があると思いますが、自分の行いを客観的に見る「メタ認知」について解説されている箇所では、脳の中の内側前頭前野という部分が、メタ認知を行っているというお話がありました。メタ認知がうまくできない人は、内側前頭前野に問題があるということですか?
中野:メタ認知ができないことで不都合を感じることがあるのであれば、それはトレーニング不足だと思います。不都合でないなら別に何もしなくてもいいと思いますが……。
内側前頭前野は、字のごとく前頭前野の内側にある特定の領域のことです。前頭前野と海馬は、脳の中で2カ所だけ90代になっても神経新生が起きる場所として知られています。新しい神経細胞が生まれ続けるということです。この部分は育つ可能性があるといってよいでしょう。
意識的に学習しよう、機能を衰えさせないようにしようとしている人と、そうでない人の差が出やすい場所だとも言えます。内省的な部分が足りないと自分で感じる方は、意識的に鍛えることをしたほうがいいかもしれません。