「横綱とは何か」を体現しつつある安青錦

 さらに注目すべきは前出の関係者が指摘するように、相撲の品格だ。白鵬が強さの一方で、しばしば所作や振る舞いを巡って議論を呼んだのに対し、安青錦は今のところ土俵内外で非難される要素が皆無。力と礼節、その両立という点において、関係者の間では「日本人以上に横綱像に近い」という声すら聞かれる。

2021年7月、大相撲名古屋場所千秋楽で照ノ富士を退け、雄たけびを上げてガッツポーズの白鵬(写真:共同通信社)

 大横綱白鵬を超越する存在になる――。それは決して軽々しく口にできる言葉ではない。ただ安青錦の現在地を見れば、その問いが夢物語ではなく、時間の問題として語られ始めていることも、また事実なのである。

 3月8日からエディオンアリーナ大阪で行われる春場所において安青錦にかかる綱取りは、単なる番付上の目標ではない。新大関として優勝し、2場所連続で結果を残した以上、それは必然として突きつけられた「時代の要請」と言っていい。

 横綱昇進の条件を満たすか否か――その一点に注目が集まるのは当然だが、より重要なのは、その先に何をもたらす存在なのかという問いである。

 安青錦は勝ち続ける力士であると同時に、背負う意味を自覚した力士でもある。戦禍に苦しむ祖国に向け、土俵で戦う姿を示す。その覚悟こそが、相撲に一層の緊張感と重みを与えている。自己の栄達だけを追うのではなく、誰かの希望となることを引き受けている点で、安青錦の相撲はすでに公共性を帯びている。

 さらに異文化に溶け込み、日本の伝統を尊び、礼節を失わない。その姿は国籍や出自を超え「横綱とは何か」という本質を問い直す存在でもある。強さと品格を兼ね備えること――。それは言葉で語るほど容易ではないが、安青錦はそれを自然体で体現しつつある。

 白鵬を超えるか、超えないか。答えは、今この瞬間に出す必要はない。ただ一つ言えるのは安青錦がその比較の土俵に立つ資格を、すでに十分すぎるほど示しているということだ。新大関Vという異常値は、単なる通過点にすぎない。大相撲は今、21歳の若者によって確実に次の新章へと押し出されている。