経営者に求められる変化を嗅ぎ取る力

 私自身、企業経営の現場でインフラ選択がいかに企業の運命を分けるかを幾度も見てきました。

 2000年代に多くの企業が当時のクラウド黎明期を誤解し、自社サーバーへの過剰投資が後の俊敏性を奪ったケースは数え切れません。

 今回のAIインフラ戦争は、その何倍もの影響を持つことは確実です。
なぜなら、AIは全産業の基盤となりつつあるからです。

 自動運転も、医療AIも、物流最適化も、金融リスク解析も、自治体の行政AIも、農業の生産管理も・・・。

 これらがGPUの上で動くのか、TPUの上で動くのか。それだけで性能もコストもビジネスモデルも変わります。

 まさに現代版のウィンテル対アンドロイドと言うべき構造が再び現れたのです。

 ここで一つ補足しておきたいことがあります。ウィンテルはウインドウズとインテルを足した造語です。

 ウィンテル対アンドロイドという表現に、少し意外だと感じた方も多いと思います。

 パソコン時代の対立軸は、ウィンテル対マックというイメージが一般的だからです。

 しかし実際には、マックは人気こそあれど、世界の標準としてウィンテルを脅かすほどの規模にはなりませんでした。

 本当にウィンテルの支配を揺るがしたのは、スマートフォンの登場ではないでしょうか。その中心にいたのがアンドロイドです。

 人々が日々触れるコンピューティングの量が、パソコンからスマホへ移ることで、計算インフラの重心そのものがウィンテルからアンドロイドへ傾いていきました。

 つまり、同じ市場の中での争いではなく、市場のルールそのものを変えてしまう別陣営の登場こそが、ウィンテルにとっての本当の脅威でした。

 今起きているGPU対TPUの構図は、この力学によく似ています。

 GPUはウィンテルのような既存の圧倒的標準であり、TPUはアンドロイドのように別ルートから計算インフラの主導権を取りに来ている存在です。

 もしMetaのような巨大企業がTPUに本格移行すれば、AIインフラの重心が動き始める可能性があります。

 だからこそ、これは単なる半導体競争ではなく、標準の覇権を巡る戦いだと言えるのです。

 技術が進化するほど、選択の重みは増していきます。今はGPUとTPUの争いが中心ですが、この先には専用ASICや量子加速器といった新勢力も必ず登場するでしょう。

 経営者に求められるのは、特定の技術への盲信ではなく、変化の風向きを読み取る感性です。

 私は40年近く技術と付き合ってきて、最終的に勝つのは柔軟な企業だと確信しています。

 GPUとTPUの覇権争いは、その柔軟性が問われる舞台でもあるのです。この計算インフラ戦争はまだ序章にすぎません。

 次回は、この動きが日本企業にどのような影響をもたらすか、そして中小企業がどのレイヤーで戦えばいいのかについて、さらに深掘りしていきたいと思います。