火災の原因をめぐり言論弾圧

 ここまでの話を聞けば、今回の大火災が人災であるという意見が出てくるのも納得だろう。大規模マンション修繕工事の入札過程で地元政治家がかかわる汚職が行われた可能性、その背後に中国の影があること、住民がクレームを入れ香港政府労働局が何度も現場を訪れているのに問題を改善できなかったことからうかがえる役所の仕事のずさんさ、あるいは役人、官僚の劣化。

 2000年代はじめ、香港が中国にハンドオーバーされて4、5年のころ、私は新聞社の香港支局長として現地で仕事をしていたが、その時、強く思ったのは香港政府官僚たちのレベルの高さだ。

 異動前、アンソン・チャン元政務官と、少しだけ差し向かいで会話する機会があったが、その時、英国統治時代に教育を受けた香港人官僚、公務員たちが高い給与を当然のように受け取り、エリート意識を持つことができるのは、汚職の誘惑に気を取られず、滅私の精神で香港と市民のために粉骨砕身働くからだ、といった話を聞いた。

 なるほど、ノブリス・オブリージュというやつか、と思ったのである。実際、当時の香港官僚、公務員は実にストイックで徹底したパブリック・サーバントぶりを発揮していた。

 だが、今の香港政府の公務員たちは、労働局の役人たちが、市民からの通報やクレームに真摯に取り合わなかったことからもわかるように、上の顔色ばかりを窺っているように見える。この場合の上とは、行政長官の李家超であり、その上の中国政府だ。

 マンション修繕工事の問題も、ひょっとすると親中派議員を含めた親中派利権案件であるとわかっていたので、下手に妨害しないことにしたのではないだろうか。だとしたら、今回の大火災は香港政府の中国化、大陸化によって生じた機能不全、官僚、公務員の劣化という問題もあるかもしれない。
 
 さらに付け加えたいのは、この大火災の原因究明のために透明性の高い調査を行える独立委員会の設置を求めて署名を呼びかけるなどしていた香港中文大学の学生や元区議ら3人が、30日まで「扇動罪」容疑で逮捕されたことだ。この件について記者会見で質問をうけた李家超行政長官は「悲劇(宏福苑大火災)を利用した犯罪を許さない」「我々の正義が実現されるようできる限りのことをする」と回答。

 李家超のいう「我々の正義」とは中国共産党の正義。だから、この大火災の背景に疑問や不満をもつ市民に対する言論統制を徹底したのだ。こうした政府官僚の汚職、腐敗による大人災や、それに不満や抗議をいう市民の言論弾圧は中国大陸では普遍的にみられる現象だったが、それが今、香港でも起きている。これからも繰り返し起きるかもしれない。

 李家超は2日になって原因調査のための独立委員会の設置を命じたが、言論弾圧をやりながら設置された独立委員会に、真の原因究明調査が可能だと多くの市民は信じていない。