日本で議員報酬を上げるべき理由

 以上の実証研究を踏まえると、日本での議員報酬引き上げがもたらす効果は明確だ。

(1)優秀な人材の参入が進む

 政策の専門性はかつてないほど高度になっている。人工知能、半導体、エネルギー安全保障、財政の持続可能性、気候変動、医療制度改革――。これらは高度な知識と経験を必要とする分野である。

 民間で十分な収入を得られる人材に政治に来てもらうには、職業としての政治が魅力的である必要がある。

 日本の現職議員の多くが高齢化している現状を思えば、人材刷新は急務である。

(2)議会出席率や政策活動が改善する

 報酬が低いと、議員は副業を持たざるを得ない。副業はしばしば本務を圧迫し、政策立案や議会審議の準備時間を奪う。

 給与を引き上げつつ副業をある程度規制すれば、この構造を断ち切ることができる。

(3)不透明な政治資金に依存する必要が減る

 報酬が低いと、政治家は政治資金集めに頼らざるを得ない。政治資金が不透明であれば、利害関係者からの影響を強く受ける。適正な報酬は、清潔な政治の前提条件である。

議員報酬は「税金の無駄」ではなく未来への投資

 議員報酬引き上げと聞くと、多くの国民は即座に反発する。だが、国家運営とは制度と人材の問題である。政治家に求められる責任は重く、報酬はその責任を下支えする。

 世界の経済学の実証研究は、政治家の給与が政治の質を決定的に左右することを明らかにしている。政治家の質が国家の質を決める。その政治家の質を決めるのが報酬制度である。

 今、日本は歴史的な岐路に立っている。少子高齢化、財政再建、安全保障、気候変動、デジタル化――。この困難な時代において、政治の質を高めるための制度投資を避けることは、将来への負債を積み上げることに等しい。

 議員報酬の引き上げは、決して「政治家のための政策」ではない。国民のための政治を実現するための、制度的な投資である。

【参考文献】

・Ferraz, C., & Finan, F. (2011). Motivating Politicians: The Impacts of Monetary Incentives on Quality and Performance. NBER Working Paper No. 14906.

・Gagliarducci, S., Nannicini, T. (2013). Do Better Paid Politicians Perform Better? Disentangling Incentives from Selection. Journal of the European Economic Association, 11(2), 369–398.

・Gagliarducci, S., Nannicini, T., & Naticchioni, P. (2010). Moonlighting Politicians. Journal of Public Economics, 94(9–10), 688–699.

・Kotakorpi, K., & Poutvaara, P. (2011). Pay for Politicians and Candidate Selection: An Empirical Analysis. Journal of Public Economics, 95(7–8), 877–885.

・Pulejo, M., & Querubín, P. (2023). Plata y Plomo: How Higher Wages Expose Politicians to Criminal Violence. American Economic Journal: Economic Policy, 15(2), 376–412.

小泉秀人(こいずみ・ひでと)一橋大学イノベーション研究センター専任講師
公共経済学・ミクロ理論が専門で、近年は運と格差をテーマに研究に取り組む。2011年アメリカ創価大学教養学部卒業、12年米エール大学経済学部修士課程修了、12〜13年イノベーション・フォー・パバティアクション研究員、13〜14年世界銀行短期コンサルタント、20年米ペンシルベニア大学ウォートン校応用学部博士後期課程修了、20年一橋大学イノベーション研究センター特任助教、21〜24年一橋大学イノベーション研究センター特任講師、23〜25年経済産業研究所(RIETI)政策エコノミスト、25年4月から現職。WEBサイト、YouTube「経済学解説チャンネル