給与が上がると汚職は減る!イタリアで起きた「逆説的な現象」
政治の質と給与の関係を調べるうえでは、大きな壁が立ちはだかる。例えば地方自治体レベルで考えて、いい政治家がいる地域では善政を敷くことでその地域が繁栄するとした場合、単純に地域の繁栄度と地方議員の給与の相関関係を見て議員の給与が高い地域ほど繁栄していると判断することはできない。
「良い政治家がいる地域ほど、もともと給与が高いだけではないのか?」という因果の方向の問題があるのである。港区の区議会議員の給与が地方の市議会議員の給与より高いから、港区が繁栄したとは普通は思わないだろう。港区の給与水準が高くて生活費も高いから議員の給与も高いと考えるのが自然だ。
そうした原因と結果が逆である「逆因果」の問題を解決するために、経済学者は一見すると「奇妙な制度の欠陥」のように見える仕組みを、逆に強力な分析ツールに変えてきた。それが、人口が一定の閾(しきい)値を超えた瞬間に政治家の給与が突然変わる一部の国の制度である。イタリアと、ブラジルだ。
イタリアやブラジルでは、市長や地方議会議員の報酬が人口区分で自動的に決定されている。そのため、例えば人口が4999人の町と5001人の町はほとんどすべてが同じなのに、政治家だけ給与が大きく違う、という状況が発生する。
研究者にとってこれは「自然実験」に等しい。
つまり、「ほぼ同じ地域なのに、制度上の理由だけで給与が違う」という状況が生まれるからである。
この差は、政策の良し悪しや政治家の能力とは無関係に生じている。したがって、給与の違いが政治家の行動や政策にどのような違いを生んだかを、純粋に比較できる。
イタリアで行われた研究によれば、人口5000人の閾値を超えた自治体では、市長や閣僚級の給与が大幅に増える。これを利用して分析すると、次の事実が発見された。
• 給与が高くなると、政治家は賄賂を受け取りにくくなる
• 結果として、犯罪組織は政治家を脅迫するようになる
• つまり、「買収できなくなったから、暴力に訴える」
この結果は衝撃的である。しかし、汚職のメカニズムを考えれば極めて理にかなっている。政治家にとって、汚職が発覚した場合のリスクは職を失うことだけではない。家族、職歴、 reputational capital(社会的評判)すべてが失われる。一方、報酬が低いと、失うものは少なくなる。
高い報酬は「誇りを守るための最低ライン」を保証し、汚職の誘惑から政治家を遠ざける。
これは日本にも当てはまる。報酬を低く抑えたまま不透明な政治資金が流通する構造は、政治家の行動をゆがめ、社会の信頼を損ない続ける。