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(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年11月12日付)

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 古代ローマ人は私たちのために何をしてくれたのだろうか。

 映画「モンティ・パイソン/ライフ・オブ・ブライアン」で示された答えには水道、大浴場、平和が並んでいた。だが、もし正解が「ローマ帝国が崩壊したこと」だとしたらどうだろうか。

 端的に言えば、世界史において西欧が大きな変化をもたらす役割を担ったのは欧州全域に広がる帝国が存在しなかったからだ。

 そのような帝国がなかったために、古代史家のウォルター・シャイデル氏の言う西欧の「競争的細分化」が生じた。

 競争は商業、学術、技術、法律、政治の変化を推し進め、そうした変化が最終的に産業革命に至った。そこですべてが変わった。

欧州史の「瓶のなかのサソリ」理論

 シャイデル氏の2019年の著作『Escape from Rome(ローマからの脱出)』では、この細分化の効用が中心に論じられている。

 この見解自体は新しいものではなかった。

 だが、同氏はローマ帝国がやったことをその後の強国のいずれもが再現できなかったことに着目し、そこに西欧の進歩の起源を求めることによってこの見解に命を吹き込んだ。

 確かに、中国や中東、インドとは異なり、欧州には全域を包み込む帝国が二度と現れなかった。

 欧州の国々は1500年間にわたって競い合った。これを欧州史の「瓶のなかのサソリ」理論として考えてみるといい。

 瓶に閉じ込められているサソリたちは、この過酷な環境を生き延びて繁栄するために毒針を発達させる必要があった。

 欧州諸国は実際に発達させた。実際、あまりに発達させたために、欧州の小さな島国が世界の大半を支配するに至り、産業革命まで始めることになった。

 競争から脱落した国もあった。だが、一部の場所で抑圧されたイノベーションや思想は、単に場所を変えて続いた。

 ヨーロッパ人は世界のほかの地域で帝国を作ったが、欧州では作らなかった。それが重要だったとシャイデル氏は主張する。そして欧州における競争とほかの地域での帝国の沈滞を比較対照している。

 それによると、中華帝国とローマ帝国の間には共通点があった。

「ある程度の市場統合、低い国家統治能力のせいで抑制された経済成長の分配の偏り、広範囲に及んだエリートの蚕食、イノベーションや人的資本形成、シュンペーター的(イノベーション主導の)経済成長の長期的欠如」などだ。

 帝国はしばらくの間は平和をもたらしたものの、結局はレント(超過利潤)を搾り取るマシンだった。欧州では、そのような政治体制はイノベーションの促進に成功した体制に敗れた。