「日本にとっての存立危機事態」
最後に、薛剣発言を超えた、高市氏の「存立危機事態」をめぐる日中の新たな論争の可能性に触れておきたい。
高市首相は11月7日の衆院予算委員会で、台湾を巡る問題についてこう述べた。
「(私は)平和的解決を期待する従来の立場だ。いかなる事態が(集団的自衛権の行使が可能となる)存立危機事態に該当するかは、個別具体的な状況に即して総合的に判断しなければならない」
「(中国が)海上封鎖を戦艦で行い、例えば海上封鎖を解くために米軍が来援、それを防ぐために何らかの武力行使が行われる事態も想定される」
「あらゆる最低・最悪の事態を想定しておくことは非常に重要だ。戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだと考える」
米シンクタンクの研究員H氏はこう指摘している。
「トランプ政権期の公式文書では、『日本にとって存立危機になる』と明確に記された箇所は、少なくとも公表されている日米共同声明では確認できない」
「ただし、『台湾海峡の平和・安定が国際社会の安全・繁栄にとって不可欠』という言及や、『武力や強制による現状変更に反対』という立場は、日米の共同認識として明らかにされている」
「これまでに出ている研究・分析文献でも、日本側が『台湾有事=日本の安全保障に直結』とする認識は示されており、米国もその問題を重視して防衛・抑止構想を検討してきた」
(The Japan Institute of International Affairs)
確かに、「台湾有事は日本にとっての存立危機事態になる」とする文言は日米共同声明にはない。
ただ、「台湾有事=日本の安全保障に直結」とする日米の共通認識は2025年2月7日の「日米共同リーダーズ・ステートメント」には記されている。
「両首脳は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素として、台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調した」
(United States-Japan Joint Leaders’ Statement – The White House)
「両首脳は台湾海峡両岸問題の平和的解決を奨励し、力や強制によって現状を一方的に変更しようとするいかなる試みにも反対した」
だが、その一方で専門家の中には、トランプ政権下では「台湾有事における米国の関与の曖昧性(strategic ambiguity)」が残されている点を指摘する者もいる。
(Trump 2.0 Administration’s Diplomatic and Security Policies: The Rise of the “Prioritizes”? )
いずれにせよ、高市氏の国会答弁を発端に生じた日中間の論争には、一人の中国総領事による「暴言」(あるいは中国政府の本音)にはらむ「戦略的対決」の影が垣間見える。
