娘の存在を無視するかのような行政の対応

 最後に、江東区で起きた連れ去り事件を読み解く上で欠かせない文書をひも解いておきたい。区長権限で武田和子さんに成年後見人を付けた際、区長が東京家裁に提出した「開始等申立書」である。申し立ての日付は、ことし2月20日。和子さんと真由美さんの養子縁組が成立した約1カ月後だ。

江東区役所が東京家裁に提出した成年後見制度の申し立て書。事実関係の間違いが多く、直子さんは一つ一つ赤字を入れている。黒塗りは非開示部分

 認知能力の衰えた人に成年後見人を付ける際、申し立ては本来、家族・親族が行う。しかし、何らかの理由でそれが困難なときは自治体の長が申し立てを行うことが可能だ。「開始等申立書」は家裁に成年後見人の申し立てをする際に、高齢者の体調や家族の事情について説明する文書であり、武田和子さんの書類では、担当者として江東区役所福祉部地域ケア推進課の男性職員の名前が記されている。

 認知症などの人に代わって財産の管理などをする成年後見制度には、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型がある。判断能力が最も衰えた人に適用されるのが「後見」だ。和子さんについては、2月の時点では「保佐」で申し立てられていたのが、連れ去られた後の今年6月に「後見」相当の審判が家裁から下され、弁護士が後見人として正式に選任された。

 しかし、その後に「開始等申立書」を開示請求で得た真由美さんは、大いに驚くことになる。文書には、事実と異なる記載がいくつもあったからだ。

 とくに際立ったのは、和子さんと真由美さんの法律上の親子関係に全く言及していない点だ。家族や親戚内にいる後見人候補者を記す「成年後見人等候補者」欄に、真由美さんの名前はない。そもそも、成年後見人の申し立ては、原則として家族が行うものであり、自治体の長が職権でこれを行うのは家族と連絡が取れないケースなどに限られている。

 和子さんの生活状況を記した欄では、洗濯や簡単な料理は自分自身でこなしていたのに「ひとりで行うことは困難」、真由美さんと直子さんが頻繁に世話をしていたことは知っているのに「緊急連絡先となる親族がいない」と書かれていた。

 この事件はいったい、どう展開していくのか。

 もう永遠に和子さんに会えないかもしれない――。それが現実になることを真由美さん、そして直子さんは恐れている。

12/8からYouTubeで新番組「ニュースの現場」を配信予定です。初回はジャーナリストの西岡千史さんが「高齢者連れ去り事件」の真相に迫ります。連れ去られた武田和子さんのお孫さんも証言します。ぜひチャンネル登録をお願いいたします。

◎「高齢者の連れ去り事件」の連載は、調査報道グループ「フロントラインプレス」がスローニュース上で発表した記事を再構成し、その後の情報を付け加えるなどしてまとめたものです。事案の詳細はスローニュースで読むことができます。
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