説明を拒む江東区長
高齢者が家族と引き離されるケースでは、高齢者虐待防止法に基づく「虐待」やその疑いが自治体によって行われていることが多い。しかし、武田和子さんの連れ去りでは、江東区は家族を虐待者として認定した形跡がない。
では、100歳近い和子さんは、なぜ、家族と引き離されたのか。江東区などの説明には多くの矛盾と疑問がある。取材をもとにそれらのポイントをまとめたのが次の図表だ。
図表:フロントラインプレス作成
9月10日に開かれた大久保朋果・江東区長の記者会見では、冒頭、大久保区長がこの事件に言及。ペーパーを見ながら、「ネットニュースに区が把握する事実と異なる内容の記事が掲載されました」と述べた後、武田和子さんの連れ去りについて次のように発言した。
「区としては、高齢者の人権を守るため、法令に基づき適切に対応している案件であり、記事が掲載されたことは大変遺憾に感じております」
「ネットニュース」とは、フロントラインプレスがスローニュース上で報じてきた内容を指す。では、どの部分が「事実と異なる」のか。会見に出席していたフロントラインプレスの記者は「具体的にどの部分が事実誤認か」と質問したが、大久保区長は「(記事の誤りを具体的に指摘すると)個人情報の特定に繋がり、ひいては人権の侵害に繋がる恐れがありますので、お答えはできません」と言うだけで、どの点が誤っているのかの説明を一切拒むという異様な対応を続けた。
この関連質問は実に11回。その間、大久保区長は「個人情報」「高齢者の人権擁護」などを理由に何も答えなかったのである。
9月30日に開かれた江東区議会の決算審査特別委員会でも、この事件は取り上げられた。質問に立った髙野勇斗議員は「当事者間にとどまらず、区民の不安や疑問を解消するため、速やかな情報公開と丁寧な説明を強く求める」と区の姿勢をただした。
区の説明によると、虐待が確定する前に立入調査を実施する際、必要に応じて警察に援助を要請し、事前にシミュレーションなどを行った上で実際の調査に入る。ただし、過去3年間でこれに該当するケースは1件だけだったという。さらに、髙野議員が高齢者虐待防止法に基づく過去3年間の面会制限について質問したところ、区側は「数が非常に少なく個別ケースを類推させる恐れがある」として件数の回答を拒んだ。
厚生労働省のマニュアルには、立ち入り調査で鍵を壊して住居に入ることについて、法律上は「できるとは解されていません」と明記されている(厚労省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」)
上掲の「江東区連れ去り事件のポイント」で示したように、虐待認定されていない和子さんを家族から引き離し、面会制限という行政処分を実施するには、関係法の規定に従い、高齢者本人と家族(養護者)に対して処分事由や面会制限の開始日などを文書で通知しなければならない。
ところが、武田和子さんのケースでは、これらの手続きがいっさい行われていないのである。
書面で高齢者本人と家族にすでに通知しているのであれば、「個別ケースを類推させる恐れ」はないはずだ。それにもかかわらず回答を拒否するということは、江東区は一連の答弁において、「虐待」認定のないまま、武田和子さんを自宅から連れ去り、家族との面会制限を続けていることを公式に認めてしまったと言ってよい。