「娘が財産を奪おうとしている」…支離滅裂な説明も

 事ここに至っても、江東区は武田和子さんの家族に対し、連れ去り事件の説明を拒否している。その一方、区議会議員に対しては、議会答弁とは異なり、「虐待対応として対処している」などと伝えたことも、フロントラインプレスの取材でわかっている。中には「武田和子さんの財産を娘が奪おうとしていたので、それを防ぐために和子さんを区が『保護』したかのような説明を受けた」と証言する区議もいる。

 区が本当にそのような内容を議員側に伝えたのだとしたら、もう支離滅裂というほかはない。

 実は、武田和子さんと後藤真由美さん(仮名)は実の母娘ではない。

武田和子さんの娘・後藤真由美さん(仮名)は、和子さんの居場所を探すために多くの資料を集めて整理している=西岡千史撮影

 真由美さんは20歳で故郷から上京し、江東区内の美容室で働き始めた。両親は病気で入院していたという。東京での生活は、職場の環境や人間関係の悩みが多く、厳しかった。その頃、美容室の客として来ていた和子さんと知り合いになった。子どもがいなかった和子さんは、真由美さんを実の娘のようにかわいがり、仕事が終わると、いつも食事の世話をしてくれた。

 真由美さんは今、保育士として働いている。

「母(和子さん)は姉を戦争中に失っています。そのこともあってか、困っている人を助けるのが好きな人でした。私の娘の直子(仮名)も孫のようにかわいがってくれました。『直子』という名前も、母がつけてくれたんです」

 和子さんと真由美さんは長らく実の親子と同じような濃厚な時間を過ごし、やがて直子さんもその一員になった。ただ、家族同然の付き合いを40年近く続けてきたとはいえ、真由美さんと和子さんに血縁関係はなく、双方は「知人」に過ぎなかった。

 武田和子さんの周囲で“異変”が起き始めたのは、2024年の夏頃からだという。江東区社会福祉協議会(社協)の福祉サービス担当者が和子さんの家に出入りするようになった。真由美さんらが同室しているときには、「サービスが終わるまで、家族じゃない人は出てください」と言って真由美さんらを外に出す。

 やがて、担当者は、合鍵を使って勝手に出入りするようにもなった。真由美さんや直子さんが訪ねて行くと、知らない人が家に上がり込んでいることもあった。

 その頃、武田和子さんは不安を感じ始めたのではないか、と真由美さんは言う。やがて、和子さんの方から真由美さんとの養子縁組を強く求めるようになった。気乗りしない真由美さんが「そんなことしなくても、今まで通り面倒を見るよ」と断っても、和子さんは譲らない。根負けした形の真由美さんは養子縁組を了承し、ことし1月15日に2人は母娘となった。

「養子縁組が認められたとき、母は『本当の親子になれた』と泣きながら喜んでいました。今考えると、自分の身に何か悪いことが起きそうだと予感していたのかもしれません」